・・・それは彼が安易を見出していると同じ原因が彼に反逆するのであった。彼が彼女の膚に触れているとき、そこにはなんの感動もなく、いつもある白じらしい気持が消えなかった。生理的な終結はあっても、空想の満足がなかった。そのことはだんだん重苦しく彼の心に・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・突を、と驚かれ候わんかなれど決してご心配には及ばず候、これには奇々妙々の理由あることにて、天保十四年生まれの母上の方が明治十二年生まれの妻よりも育児の上においてむしろ開化主義たり急進党なることこそその原因に候なれ、妻はご存じの田舎者にて当今・・・ 国木田独歩 「初孫」
・・・確かにわれわれが倫理的な問いを持つにいたった痛切な原因にはこの時と処と人とによってモラールが異なるところに発する不安と当惑とがあるのである。 これに対してリップスはいう。一つの比論をとれば、物理的真理において、真理そのものを万物の真相は・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ しかし、彼等は、どうして貧乏をするか、その原因も知らない。彼等は、貧乏がいやでたまらない。貧乏ぐらい、くそ嫌いなものはない。が、その貧乏がいつも彼等につきまとっているのだ。 これまでの県会議員や、国会議員が口先で、政策とか、なんと・・・ 黒島伝治 「選挙漫談」
・・・ところが魚というのは、それは魚だからいさえすれば餌があれば食いそうなものだけれども、そうも行かないもので、時によると何かを嫌って、例えば水を嫌うとか風を嫌うとか、あるいは何か不明な原因があってそれを嫌うというと、いても食わないことがあるもん・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・彼らは、明白に意識せるといなとは別として、彼らの恐怖の原因は、別にあると思う。 すなわち、死ということにともなう諸種の事情である。その二、三をあげれば、天寿をまっとうして死ぬのでなく、すなわち、自然に老衰して死ぬのでなくして、病疾その他・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・一体、どういう原因に拠る決闘だか、あなたは、ご存じなんですね。 ――存じません。 ――私の言いかたが下手だったのかしら。失礼いたしました。何か、お心当りは在る筈なんですね。 ――心当り? ――相手の女学生を、ご存じなんですね・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・けれどこうなったのには原因がある。この男は昔からそうだが、どうも若い女に憧れるという悪い癖がある。若い美しい女を見ると、平生は割合に鋭い観察眼もすっかり権威を失ってしまう。若い時分、盛んにいわゆる少女小説を書いて、一時はずいぶん青年を魅せし・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・「数学嫌いの原因が果して生徒の無能にのみよるかどうだか私にはよく分らない。むしろ私は多くの場合にその責任が教師の無能にあるような気がする。大概の教師はいろんな下らない問題を生徒にしかけて時間を空費している。生徒が知らない事を無理に聞いて・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・姙娠という生理的の原因もあったかもしれなかった。 桂三郎は静かな落ち着いた青年であった。その気質にはかなり意地の強いところもあるらしく見えたが、それも相互にまだ深い親しみのない私に対する一種の見えと羞恥とから来ているものらしく思われた。・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
出典:青空文庫