・・・都の噂ではその卒塔婆が、熊野にも一本、厳島にも一本、流れ寄ったとか申していました。」「千本の中には一本や二本、日本の土地へも着きそうなものじゃ。ほんとうに冥護を信ずるならば、たった一本流すが好い。その上康頼は難有そうに、千本の卒塔婆を流・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・ 日清日露戦争には厳島神社のしゃもじが流行したように思う。あれは「めしとる」という意味であったそうである。千人針にもついでに五銭白銅を縫付け「しせんを越える」というおまじないにする人もあるという話である。これも後世のために記録しておくべ・・・ 寺田寅彦 「千人針」
・・・薫風やともしたてかねつ厳島「風薫る」とは俳句の普通に用いるところなれどしか言いては「薫る」の意強くなりて句を成しがたし。ただ夏の風というくらいの意に用いるものなれば「薫風」とつづけて一種の風の名となすにしかず。けだし蕪村の烱眼は早く・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・有名な点において熊野に劣らない厳島神社の神もまた同じような物語を背負っている。『厳島の縁起』がそれである。ここでも物語の世界はインドであり、そうしてそれが同じように『源氏物語』ふうに描かれているのであるが、しかし話の筋はよほど違っている。宮・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫