・・・――が、その中にただ一人、大石内蔵助だけは、両手を膝の上にのせたまま、愈つまらなそうな顔をして、だんだん口数をへらしながら、ぼんやり火鉢の中を眺めている。 彼は、彼の転換した方面へ会話が進行した結果、変心した故朋輩の代価で、彼等の忠義が・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・現に指揮官のM大尉なぞは、この隊の先頭に立った時から、別人のように口数の少い、沈んだ顔色をしているのだった。が、兵は皆思いのほか、平生の元気を失わなかった。それは一つには日本魂の力、二つには酒の力だった。 しばらく行進を続けた後、隊は石・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・その後の事は申し上げるだけ、無用の口数に過ぎますまい。ただ、都へはいる前に、太刀だけはもう手放していました。――わたしの白状はこれだけです。どうせ一度は樗の梢に、懸ける首と思っていますから、どうか極刑に遇わせて下さい。(昂然清水寺に・・・ 芥川竜之介 「藪の中」
・・・ 娘は、お中食のしたくいたしましょうかといったきり、あまり口数をきかない、予は食事してからちょっと鵜島へゆくから、舟をたのんでくれと命じた。 富士のすそ野を見るものはだれもおなじであろう、かならずみょうに隔世的夢幻の感にうたれる。こ・・・ 伊藤左千夫 「河口湖」
・・・キチンと四角に坐ったまま少しも膝をくずさないで、少し反身に煙草を燻かしながらニヤリニヤリして、余り口数を利かずにジロジロ部屋の周囲を見廻していた。どんな話をしたか忘れてしまったが、左に右く初めて来たのであるが、朝の九時ごろから夕方近くまで話・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・ おじいさんは、あまり口数はきかなかったけれど、それは根がいい人でありました。そうかといって、人々が、おじいさん、おじいさんと話しかけてこようものなら、それは、むずかしい顔をしてうるさがりました。「おじいさん、今日は、いいお天気だか・・・ 小川未明 「ものぐさじじいの来世」
・・・「そんなことはないけど、写真で見るよりかもう少し品があって、口数の少ないオットリした、それはいい娘ですよ」「そんないい娘が、私のような乱暴者を亭主に持って、辛抱が出来るかしら」「それは私が引き受ける」と新造が横から引き取って、「・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・父親は律義な職人肌で、酒も飲まず、口数も尠なかったが、真面目一方の男だけに、そんな新太郎への小言はきびしかった。しかし家附きの娘の母親がかばうと、この父も養子の弱身があってか存外脆かった。母親は派手好きで、情に脆く、行き当りばったりの愛情で・・・ 織田作之助 「妖婦」
・・・ と鷹見の言葉のごとく、私も同意せざるを得ないのです。口数をあまりきかない、顔色の生白い、額の狭い小づくりな、年は二十一か二の青年を思い出しますと、どうもその身の周囲に生き生きした色がありません、灰色の霧が包んでいるように思われます。・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・り折り『おしゃべり』と衝突なされ候ことこれまた貞夫よりの事と思えばおかしく候、『おしゃべり』と申せば皆様すぐと小生の事に思し召され候わば大違いに候、妻のことに候、あの言葉少なき女が貞夫でき候て以来急に口数多く相成り近来はますますはげしく候、・・・ 国木田独歩 「初孫」
出典:青空文庫