・・・それはとにかくとして現今のように各自の職業が細く深くなって知識や興味の面積が日に日に狭められて行くならば、吾人は表面上社会的共同生活を営んでいるとは申しながら、その実銘々孤立して山の中に立て籠っていると一般で、隣り合せに居を卜していながら心・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・各国家は各自世界的使命を自覚することによって一つの世界史的世界即ち世界的世界を構成せなければならない。これが今日の歴史的課題である。第一次大戦の時から世界は既に此の段階に入ったのである。然るに第一次大戦の終結は、かかる課題の解決を残した。そ・・・ 西田幾多郎 「世界新秩序の原理」
・・・――そして私らは私らの個性に於て、私ら自身の趣味にふさはしいところのゲーテやシヨパンを、各自に別々に理解するまでの話である。だから保羅の説いた耶蘇教が、その実保羅自身の耶蘇教であつて、他のいかなる耶蘇教ともちがつてゐた――恐らくは耶蘇自身の・・・ 萩原朔太郎 「装幀の意義」
・・・即ち結婚の契約より生じたる各自の権利あるが故なり。故に婦人は柔順を尊ぶと言う。固より女性の本色にして、大に男子に異なり、又異ならざるをえず。我輩の飽くまでも勧告奨励する所にして、女徳の根本、唯一の本領なりと雖も、其柔順とは言語挙動の柔順にし・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・この事は日本でも支那でも同じことで、文体は其の人の詩想と密着の関係を有し、文調は各自に異っている。従ってこれを翻訳するに方っても、或る一種の文体を以て何人にでも当て嵌める訳には行かぬ。ツルゲーネフはツルゲーネフ、ゴルキーはゴルキーと、各別に・・・ 二葉亭四迷 「余が翻訳の標準」
・・・積極的、消極的両美の並立すべきがごとく、これもまた並立して各自の長所を現わすを要す。主観を叙して可なるものあり、叙して不可なるものあり。客観を写して可なるものあり、写して不可なるものあり。可なるものはこれを現わし不可なるものはこれを現わさず・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・是等諸氏はみな信者諸氏と同じく、各自の主義主張の為に、世界各地より集り来った真理の友である。恐らく諸氏の論難は、最痛烈辛辣なものであろう。その愈々鋭利なるほど、愈々公明に我等はこれに答えんと欲する。これ大祭開式の辞、最後糟粕の部分である。祭・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・分の技術をもっている作家が、刻々に推移してしかも一般人の生活の歴史に重大な関係をもつ社会事相に敏速に応じ、それを正当な方向において、歴史の意味するところを報告し、より正確で深い人間性に迄ふれて一般人に各自のおかれている現実関係を理解させよう・・・ 宮本百合子 「明日の言葉」
・・・その毒牙を奪う叱咤である。愛である。かかる愛の爆発力は同じき理想の旗のもとに、最早や現実の実相を突破し蹂躙するであろう。最早懐疑と凝視と涕涙と懐古とは赦されぬであろう。その各自の熱情に従って、その美しき叡智と純情とに従って、もしも其爆発力の・・・ 横光利一 「黙示のページ」
・・・ところで彼の政党は私利をのみ目ざす人間の集団であって、自党の利益とは結局党員各自の私利である。彼らはこの集団の力によって政権を握り、その権力によって各自の私利をはかろうとする。しかし政治はかくのごときものであってはならない。明治大帝の詔にい・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
出典:青空文庫