・・・「枯れたのも同然のものだが、まだすこしばかり命があるらしい。私の丹誠で助けたいと思っている。」と、おじいさんは答えました。 こうしたやさしいおじいさんでありますから、小さいもの、弱いものに対して、平常からしんせつでありました。「・・・ 小川未明 「おじいさんが捨てたら」
・・・おまえさんは無神経も同然だからいいが、私は困る。」と、顔をしかめて不賛成をとなえだした。 電信柱は、背を二重にして腰をかがめていたが、「そんなら、いいことが思いあたった。おまえさんは身体が小さいから、どうだね、町の屋根を歩いたら、私・・・ 小川未明 「電信柱と妙な男」
・・・文子は女中と二人暮しでもう寝ていましたが、表の戸を敲く音を旦那だと思って明けたところ、まるで乞食同然の姿をした男がしょぼんと立っていたので、びっくりしたようでした。しかし、やっと私だということが判ると、やはりなつかしそうに上げてくれました。・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・一つには、毎夜徹夜同然な生活をしているので、起きて食事を済まして、煙草を吸っているうちに、もう郵便局の時間がたってしまう。前の晩に頼めばいいというものの、彼は仕事に夢中でそんなことは忘れている。では、昼間食事の時に頼めばよいということになる・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・造の野心はもくもくと動きだして、よし、おれも一番記者になって……と、雨に敲かれた眼にきっと光を見せたが、しかし、お抱え俥夫から一足飛びに記者になろうというのは、町医者づきの俥夫が医者になろうというのと同然、とてものことに見込みはなかったから・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ 一本の足を一寸動かすだけでも、一日の配給量の半分のカロリーが消耗されるくらいの努力が要り、便所へも行けず、窓以外には出入口はないのも同然であった。 その位混むと、乗客は次第に人間らしい感覚を失って、自然動物的な感覚になって、浅まし・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・ 生垣一つ隔てて物置同然の小屋があった。それに植木屋夫婦が暮している。亭主が二十七八で、女房はお徳と同年輩位、そしてこの隣交際の女性二人は互に負けず劣らず喋舌り合っていた。 初め植木屋夫婦が引越して来た時、井戸がないので何卒か水を汲・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・まるで、人間の命と銅とをかけがえにしているのと同然だった。祖母や、母は、まだ、ケージを取りつけなかった頃、重い、鉱石を背負って、三百尺も四百尺も下から、丸太に段を刻みつけた梯子を這い上っていた。三百尺の梯子を、身体一ツで登って行くのでさえ容・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・帰って来居る時までは、おのれ等、敵の寄せぬ城に居るも同然じゃ。好きにし居れ、おのれ等。楽まば楽め。人のさまたげはせぬが功徳じゃ。主人が帰るそれまでは、我とおのれ等とは何の関りも無い。帰る。宜かろう。何様じゃ。互に用は無い。勝手にしおれおのれ・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・チベットへ行くのは僕の年来の理想であって、中学時代に学業よりも主として身体の鍛錬に努めて来たのも実はこのチベット行のためにそなえていたのだ、人間は自分の最高と信じた路に雄飛しなければ、生きていても屍同然である、お母さん、人間はいつか必ず死ぬ・・・ 太宰治 「花火」
出典:青空文庫