・・・「お前の犬好きにも呆れるぜ。」 晩酌の膳についてからも、牧野はまだ忌々しそうに、じろじろ犬を眺めていた。「前にもこのくらいなやつを飼っていたじゃないか?」「ええ、あれもやっぱり白犬でしたわ。」「そう云えばお前があの犬と、・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・ 父は息子の融通のきかないのにも呆れるというようにそっぽを向いてしまった。「思ってはいませんがね。しかし私にはどうしても現在のようにうそばかりで固めた生活ではやり切れません。矢部という人に対してのあなたの態度なども、お考えになったら・・・ 有島武郎 「親子」
・・・、「この髪をむしりたくなるような思いをさせられるに極ってるけれど、東京へ来たら、生意気らしい、気の大きくなった上、二寸切られるつもりになって、度胸を極めて、伯母さんには内証ですがね、これでも自分で呆れるほど、了簡が据っていますけれど、だ・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・自分は水の心配をするたびに、ここの工事をやった人の、馬鹿馬鹿しきまで実務に不忠実な事を呆れるのである。 大洪水は別として、排水の装置が実際に適しておるならば、一日や二日の雨の為に、この町中へ水を湛うるような事は無いのである。人事僅かに至・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・ いよいよ実家に戻ることになり、豹一を連れて帰ってみると、家の中は呆れるほど汚かった。障子の桟にはべたッと埃がへばりつき、天井には蜘蛛の巣がいくつも、押入れには汚れ物がいっぱいあった。……お君が嫁いだ後、金助は手伝い婆さんを雇って家・・・ 織田作之助 「雨」
・・・といえば、東京の人人は呆れるだろうか、眉をひそめるだろうか、羨ましがるだろうか。 勿論、警察の手入れはある。主食と闇煙草の販売を弾圧する旨の声明は、わざわざ何月何日よりと予告を発して、これまで十数回発表されたし、抜打ちの検挙も行われる。・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・そういう点になると、われながら呆れるくらい物ぐさである。 例えば冠婚葬祭の義理は平気で欠かしてしまう。身内の者が危篤だという電報が来ても、仕事が終らぬうちは、腰を上げようとしない。極端だと人は思うかも知れないが、細君が死んだその葬式の日・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・とからお金をいただいたのは、あとにもさきにも、ただこの時いちど切り、それからはもう、なんだかんだとごまかして、三年間、一銭のお金も払わずに、私どものお酒をほとんどひとりで、飲みほしてしまったのだから、呆れるじゃありませんか」 思わず、私・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・ 呆れるばかりである。「疲れたね、休もうか。」「そうですね。向うの茶店は、見はらしがよくていいだろうと思うんですけど。」「同じ事だよ。近いほうがいい。」 一ばん近くの汚い茶店にのこのこはいって行って、腰をおろす。「何・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・君を好きなんだ、とか何とか自分でも呆れるくらい下手な事を言って、そっと女中の手を握ろうとしたら、ひどい事になりました。女中は、「何しるでえ!」と大声で叫んで立ち上り、けもののような醜いまずい表情をして私を睨み、「あてにならねえ。非常時だに。・・・ 太宰治 「風の便り」
出典:青空文庫