・・・難を勘定に入れないにしたところでわずかその半に足らぬ歳月で明々地に通過し了るとしたならば吾人はこの驚くべき知識の収穫を誇り得ると同時に、一敗また起つ能わざるの神経衰弱に罹って、気息奄々として今や路傍に呻吟しつつあるは必然の結果としてまさに起・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・魁偉というと少し大袈裟で悪いが、いずれかというと、それに近い方で、とうてい細い筆などを握って、机の前で呻吟していそうもないから実は驚いたのである。しかしその上にも余を驚かしたのは君の音調である。白状すれば、もう少しは浮いてるだろうと思った。・・・ 夏目漱石 「長谷川君と余」
・・・ パール・バックは、地の底へまでも徹るような呻吟をもって、これらの言葉を表現しているのである。 女に生れたということは、パリでブレーク・キンネーアドと、スーザンとを再び結びあわす必然をもたらした。ブレークは、近代派の彫塑家で、きわめ・・・ 宮本百合子 「『この心の誇り』」
・・・鋭い、人間らしい、そして若々しい知性の苦しみも従って深刻であり、声なき呻吟にみちている。私たち婦人が誠意をもって自身の知性の問題をとりあげようとするならば、当然のこととして、社会的な半身である男の知性のおかれているありように就て極めてリアリ・・・ 宮本百合子 「知性の開眼」
・・・とか、カソリック宗教だけが金銭に対する慾心の焔に水をかけるものであるとか、彼等が専制政治の徳を知るまでは不幸に呻吟せざるを得ない等と考えたのであった。 この新たに盛り上って「慎重になった民衆のサムソンは今日以後、社会の柱石を祭典の広間に・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
慈悲の女神、天使として、フロレンス・ナイチンゲールは生きているうちから、なかば伝説につつまれた存在であった。後代になれば聖女めいた色彩は一層濃くされて、天上のものが人間界の呻吟のなかへあまくだった姿のように語られ描かれてい・・・ 宮本百合子 「フロレンス・ナイチンゲールの生涯」
・・・などはただ一巻の頁のうちに若く稚い魂と肉体の無限の呻吟をつたえている。そうだとすれば、何故、近代日本の文学の作品は異った形でいくつかの「車輪の下」や「プチ・ショウズ」を持たなかったのだろう。 明治以来の文化の成長は未だ封建を脱皮しきって・・・ 宮本百合子 「若き精神の成長を描く文学」
・・・暫く聞いていると、その溜息が段々大きくなって、苦痛のために呻吟するというような風になったそうだ。そこで宮沢がつい、どうかしたのかいと云った。これだけ話してしまえば跡は本当に端折るよ。」 富田は仰山な声をした。「おい。待ってくれ給え。つい・・・ 森鴎外 「独身」
出典:青空文庫