・・・かの女はその人を子供の時から知ってると言いながら、その呼び名とその宿所とを知っていないのであった。「………」さきの偽筆は自分のために利益と見えたことだが、今のは自分の不利益になる事件が含んでいる代筆だ。僕は、何事もなるようになれというつ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・稲荷の蝋燭の火が揺れたりしているこの横丁は、いかにも大阪の盛り場にある路地らしく、法善寺横丁の艶めいた華かさはなくとも、何かしみじみした大阪の情緒が薄暗く薄汚くごちゃごちゃ漂うていて、雁次郎横丁という呼び名がまるで似合わないわけでもない。ポ・・・ 織田作之助 「世相」
・・・智能と資本とを縦横に駆使して、イギリスの良品高価に対する良品廉価生産・高賃銀低コストを目ざす科学主義工業という呼び名が、これらの人々によって、資本主義工業の弱点を補強したものとして提唱されつつあるのである。 大河内氏の著書は、鶏小舎を改・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・現代の少壮と目されている作家等が、むきだしに十円会と金だかだけの呼び名で一定のレベルの経済生活と文壇生活とをしているグループの会を呼んでいるのは実に面白いと思う。 十円の金は十円の金で、どうでも使える。死金にもなり、悪銭にもなり、義捐金・・・ 宮本百合子 「「大人の文学」論の現実性」
・・・ 過去の時代では、その呼び名がふさわしいか否かはおくとして、とにかく通俗作家とそうでない作家との区別は、ひとにも自分にもはっきりしているところがあったと思う。だから、吉屋信子さんが『大毎』『東日』に連載小説をかくようになったとき、それを・・・ 宮本百合子 「おのずから低きに」
・・・何と夥しい呼び名がこの間に響いたことだろう。これらの声々は、ある点から見ればまことに悲痛な、今日の日本の文学における生ける人間の存在の消失に伴うつむじ風の唸りであり、作家と歴史とのめぐり合わせにおいてみれば「個人生活における一貫性」が砕けゆ・・・ 宮本百合子 「作家に語りかける言葉」
・・・同じ字を二つ重ねた売笑婦の愛嬌のある呼び名は、世界にどっさりあります。けれども、母親という――ママという通称の売笑婦があったことは聞きません。しかしそれはわたしどものこの日本の東京にあって、そして殺されたのか死んだのか、屍体となって発見され・・・ 宮本百合子 「自覚について」
・・・その他が生の緊張の美として一つのセンセーションを起し癩文学という通俗の呼び名が作者たちの忿懣を招いたこともあった。 現代のヒューマニズムは頽廃の中にあるとする高見順は、「描写のうしろに寝ていられない」という自身の理解から「十九世紀的な客・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・いうふうな家では、小夜という娘もそこに働いているうちはお竹どんと呼ばれるが、宮中生活のよび名で宮中に召使われているものの名であった紫式部、清少納言、赤染衛門というのも、それぞれ使われているものとしての呼名である。紫式部が藤原の何々という個人・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
・・・ 山の多い湖の水の澄んだ村に生える草には姿もその呼名もつり合って居る。 牛乳屋の小僧 この桑野村で始めて牧牛を始めた石井と云う牛乳屋の家に居る小僧なのだ。 七八つの子の体をして居るが年を聞けば十二だそうでいか・・・ 宮本百合子 「旅へ出て」
出典:青空文庫