・・・ 三人は、唖然として、為す所を知らなかった。 七 河内山宗俊は、ほかの坊主共が先を争って、斉広の銀の煙管を貰いにゆくのを、傍痛く眺めていた。ことに、了哲が、八朔の登城の節か何かに、一本貰って、嬉しがっていた・・・ 芥川竜之介 「煙管」
・・・若崎は唖然として驚いた。徳川期にはなるほどすべてこういう調子の事が行われたのだなと暁って、今更ながら世の清濁の上に思を馳せて感悟した。「有難うございました。」と慄えた細い声で感謝した。 その夜若崎は、「もう失敗しても悔いない。お・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・自分たちの助平の責任を、何もご存じない天の神さまに転嫁しようとたくらむのだから、神さまだって唖然とせざるを得まい。まことにふとい了見である。いくら神さまが寛大だからといって、これだけは御許容なさるまい。 寝てもさめても、れいの「性的煩悶・・・ 太宰治 「チャンス」
・・・ある座談会の速記を読んだら、その頭の悪い作家が、私のことを、もう少し真面目にやったらよかろうという気がするね、と言っていたが、唖然とした。おまえこそ、もう少しどうにかならぬものか。 さらにその座談会に於て、貴族の娘が山出しの女中のような・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・書画骨董と称する古美術品の優秀清雅と、それを愛好するとか称する現代紳士富豪の思想及生活とを比較すれば、誰れか唖然たらざるを得んや。しかして茲に更に一層唖然たらざるを得ざるは新しき芸術新しき文学を唱うる若き近世人の立居振舞であろう。彼らは口に・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・花候の一日わたくしは園梅の枝頭に幾枚となく短冊の結びつけられているを目にして、何心なく之を手に取った時、それは印刷せられた都新聞の広告であったのに唖然として言う所を知らず、興趣忽索然として踵を回して去ったことがあった。 二三年前初夏の一・・・ 永井荷風 「百花園」
出典:青空文庫