・・・私は、唸るほどほっとしました。 佐吉さんが来たので、助かりました。その夜は佐吉さんの案内で、三島からハイヤーで三十分、古奈温泉に行きました。三人の友人と、佐吉さんと、私と五人、古奈でも一番いい方の宿屋に落ちつき、いろいろ飲んだり、食べた・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・先生は、その水族館の山椒魚をひとめ見たとたんに、のぼせてしまったのである。「はじめてだ。」先生は唸るようにして言うのである。「はじめて見た。いや、前にも幾度か見たことがあるような気がするが、こんなに真近かに、あからさまに見たのは、はじめ・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・困って困って唸るかも知れない。お金がないのである。動きがつかないのである。私の訪問客たちは、みんな私よりも貧しく、そうして苦しい生活をしているのだから、こんな場合でも、とても、たのむわけにはいかない。知らせることさえ、私は、苦痛だ。訪問客た・・・ 太宰治 「花燭」
・・・ 狂い唸る冬木立の、細いすきまから、「おど!」 とひくく言って飛び込んだ。 四 気がつくとあたりは薄暗いのだ。滝の轟きが幽かに感じられた。ずっと頭の上でそれを感じたのである。からだがその響きにつれてゆらゆ・・・ 太宰治 「魚服記」
・・・ 私は、丸山君をいよいよ洒落たひとだ、と唸るくらいに感服した。私たちなら、一升さげて友人の宅へ行ったら、それは友人と一緒にたいらげる事にきめてしまっていて、また友人のほうでも、それは当然の事と思っているのだ。甚だしきに到っては、ビイルを・・・ 太宰治 「酒の追憶」
・・・ ちっとも、こだわっていないその態度に、私は唸るほど感心した。「お酒、呑みますか? 僕は、ビイルだと少しは、呑めるのですけれど。」「日本酒は、だめか?」私も、ここで呑むことに腹をきめた。「好きじゃないんです。父は酒乱。」そう・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・けれども、案外にも、どこか一つ大きく抜けているところがあると見えて、掏摸の親方になれなかったばかりか、いやもう、みっともない失敗の連続で、以後十数年間、泣いたりわめいたり、きざに唸るやら呻くやら大変な騒ぎでありました。 それ、ごらん。そ・・・ 太宰治 「小さいアルバム」
・・・あのときだけは唸るほど感心した。何千回、何万回という経験が、この老人に鏡なしで手さぐりで顔の鬚をらくらくと剃ることを教えたのだ。こういう具合の経験の堆積には、私たち、逆立ちしたって負けである。そう思って、以後、気をつけていると、私の家主の六・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・王子は、ひどく口をとがらせて唸るように言いました。「つまらない事ばかり言っている。きょうの質問は実にくだらぬ。」「あなたは、なんにも御存じ無いのです。あたしは、このごろ、とても苦しいのですよ。あたし、やっぱり、魔法使いの悪い血を受けた野・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・なるほど私たちは観ている中に思わず唸るほどたっぷり沙漠を見せられるが、その沙漠はただ風が吹き暴れたり、陽が沈んだり、夜が明けたりする変化に於てだけとらえられている。反復が芸術的に素朴な手法でされているものだから、希望される最も低い意味での風・・・ 宮本百合子 「イタリー芸術に在る一つの問題」
出典:青空文庫