・・・従って、その固定観念への闘争は十八世紀ぐらいから絶えず心ある男女によって行われてきているということは注目すべきことだと思う。それらの運動は単純に家長的な立場から見られている女らしさの定義に反対するというだけではなくて、本当の女の心情の発育、・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・自己放棄の道を通ってさえも秋声は常に動く人生の中に自分をおいて、ともに動いて自分を固定させなかったということを秋声短論の中で広津和郎氏が云っているのは、秋声の根本の特色をとらえていると思う。 秋声は、ほんとうに自分を生きながら記念像とし・・・ 宮本百合子 「あられ笹」
・・・統一は、図式弁証法への定式化によって、二つの問題を正・反と対置したところから何か固定した形で結論として出てくるのでは決してない。 鈴木清は論文の中で「作品はなるほど組織活動なしにも書き得る。然し問題は別してそれらの創作がプロレタリア文学・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・昔は人間の心の内容を知・情・意と三つのものにわけて知は理解や判断をつかさどり、情は感情的な面をうけもち、意は意志で、判断の一部と行動とをうけもつという形式に固定して見られ、今でもそのことは、曖昧にうけいれられたままになっている点が多い。だか・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
・・・いつからか一般人の知識にこんな文句が入り込んで、その固定観念で自繩自縛に陥っている、そんな気がした。所有欲は本能だというのも同じだ。 七月○日 月曜日 暑し。 Yの発起で芝浦のお台場を見物に行く。芝浦から日覆いをかけた発動和・・・ 宮本百合子 「狐の姐さん」
・・・この様式もいつの時かに始まり、そうして後に固定したものに相違ない。が、その謎めいて古い起源が我々には魔力的に感ぜられるのである。 和辻哲郎 「アフリカの文化」
・・・あるいは固定観念に過ぎぬ。けれどもこの硬化は、偶像そのものにおいて起こる現象ではなく、偶像を持つ者の心に起こる現象である。彼らにとって偶像は破壊せられなくてはならぬ。しかし偶像そのものは依然としてその象徴的生命を失わない。彼らにとって有害な・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
私がここに観察しようとするのは、「偶像破壊」の運動が破壊の目的物とした、「固定観念」の尊崇についてではない。文字通りに「偶像」を跪拝する心理についてである。しかしそれも、庶物崇拝の高い階段としての偶像崇拝全般にわたってではない。ただ、・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
・・・その態度のもとに、素直な卒直な表現の仕方を作り出して行くためには、いろいろな苦心をしなくてはなるまいが、しかしその態度そのものは、割合に早く固定するもののように思われる。しかるに幼少のころから、他人の感情を害すまい、他人の誤解を受けまいとい・・・ 和辻哲郎 「藤村の個性」
・・・そうしてこの表情の自由さは、能面が何らの人らしい表情をも固定的に現わしていないということに基づくのである。笑っている伎楽面は泣くことはできない。しかし死相を示す尉や姥は泣くことも笑うこともできる。 このような面の働きにおいて特に我々の注・・・ 和辻哲郎 「面とペルソナ」
出典:青空文庫