・・・絶えず涎が垂れるので、畳んだ手拭で腮を拭いている。顔位の狭い面積の処で、一部を強く引っ張れば、全体の形が変って来る。醜くくはない顔の大きい目が、外眦を引き下げられて、異様に開いて、物に驚いたように正面を凝視している。藤子が食い付きそうだと云・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・私は差恥と絶望とで首を垂れる。 微妙な線、こまやかな濃淡、魔力ある抑揚、秘めやかな諧調、そういう技巧においてもまた、私の生まれつきのうぬぼれは製作によって裏切られる。要するに私は要求と現実とを混同する夢想家に過ぎなかった。 こうして・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
・・・超人間的な神秘な力をもって人間を救い人間に慈悲を垂れる菩薩の姿だということである。そうして彼らは、自分を圧倒する激しい感激によって、その知識の偽りでないことを自分自身に実証した。彼らは自己の前にある物が右のごとき神秘な力の現われであることを・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
・・・もしそれが自分から出た事ならば、私はただ首を垂れるほか仕方がないではないか。私は自分の不足を憎んでも自分の運命を憎むべきでない。むしろ自分の不足のゆえに自分を罰した運命に対して心から感謝すべきである。 私は未来を空想する。しかし自分の現・・・ 和辻哲郎 「停車場で感じたこと」
出典:青空文庫