出典:青空文庫
・・・昔から士農工商というが、あれは誠と嘘との使いわけの程度によって、順序を立てたので、仕事の性質がそうなっているのだ。ちょっと見るとなんでもないようだが、古人の考えにはおろそかでないところがあるだろう。俺しは今日その商人を相手にしたのだから、先・・・ 有島武郎 「親子」
・・・河童の一肩、聳えつつ、「芸人でしゅか、士農工商の道を外れた、ろくでなしめら。」「三郎さん、でもね、ちょっと上手だって言いますよ、ぽう、ぽっぽ。」 翁ははじめて、気だるげに、横にかぶりを振って、「芸一通りさえ、なかなかのものじ・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ 今日の社会は経済的関係なるが故に、士農工商如何なる職業のものも生活を談じ米塩を説いて少しも憚からず。然るに独り文人が之を口にする時は卑俗視せられて、恰も文人に限りては労力の報酬を求むる権利が無いように看做されてる。文人自身も亦此の当然・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・むしろ、その逆であります。士農工商という順序に従えば、私は大工の息子です、ずっと身分が下であります。私は、農民の事を書いている「作家」に不満があるのです。その作品の底に、作家の一人間としての愛情、苦悩が少しも感ぜられません。作家の一人間とし・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・上は摂政関白武将より下は士農工商あらゆる階級の間に行なわれ、これらの人々の社会人としての活動生活の侶伴となってそれを助け導いて来たと思われる。風雅の心のない武将は人を御することも下手であり、風雅の道を解しない商人はおそらく金もうけも充分でな・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・この心得ありて後に、士農工商、おのおのその志すところの学を勤むべし。一、前条の外に、化学、天文学等、種々の科目あれども、窮理学の中に属するものなれば別に掲げず。一、学問の順序は、必ずしもこの一科を終りて次に移るにあらず、二科も三科も・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・ 世禄の武家にしてかくの如くなれば、その風はおのずから他種族にも波及し、士農工商、ともに家を重んじて、権力はもっぱら長男に帰し、長少の序も紊れざるが如くに見えしものが、近年にいたりてはいわゆる腕前の世となり、才力さえあれば立身出世勝手次・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・一身独立して一家独立し、一家独立して一国独立し、一国独立して天下も独立すべし。士農工商、相互にその自由独立を妨ぐべからず。 人倫の大本は夫婦なり。夫婦ありて後に、親子あり、兄弟姉妹あり。天の人を生ずるや、開闢の始、一男一女なるべし。数千・・・ 福沢諭吉 「中津留別の書」
・・・しかし、これらの藩学校は、藩という制度の枠にはまっていた本質上、当時の身分制度である士農工商のけじめを脱したものではなかった。「士分の子弟」の智能開発が藩学校での目的であった。この性格は、士分のものが来るべき「開化」の担当者であるべきだとい・・・ 宮本百合子 「新しいアカデミアを」
・・・古い例でいえば、徳川末期の武家権力の崩壊期に、経済的実力をもってきた町人階級が、士農工商の封建身分制にたいする反抗として遊里という治外法権地域をつくり、馬琴の文学にたいして、京伝らの文学をもった場合にもこのことが見られました。町人文学と劇、・・・ 宮本百合子 「一九四六年の文壇」