・・・ 少年の感情の世界にひそかな駭きをもって女性というものが現れた刹那から、人生の伴侶としての女性を選択するまでには成育の機変転を経るわけである。感情の内容は徐々に高められて豊富になって行くのだから、いきなり恋愛と結婚とをつなぎ止めてしまう・・・ 宮本百合子 「成長意慾としての恋愛」
・・・無責任に変転される境遇に、批判なく順応するように何年間か強いて来たのであった。日本人が今日、当然もつべき一個人としての品位と威厳とを身につけていないことを外国に向って愧じるならば、それは、現代日本の多数の人々を、明治以来真に人格的尊厳という・・・ 宮本百合子 「その源」
・・・「謎包む二つの手記」「変転する竹内被告の心境」というまた別の記事があらわれた。竹内被告は十一月十五日午後、栗林弁護士と府中刑務所で面会したとき、「私がさきに上申書で述べたことは調書にもとられているが、これがどのくらい本当なのか自分は分らなく・・・ 宮本百合子 「それに偽りがないならば」
・・・ 毎日毎日、変転して行く生活の裡で、たとい彼女が瞬間、心の痛みを感じたとしても、それを、今、この場所まで持ち続けて来ることは不可能であろう。 あの時の、自分の激昂した心情は、そのままで彼女に対し、或は公平でないものであったかも知れな・・・ 宮本百合子 「追想」
・・・スペインの頽廃した近代の歴史と、そこで生れたピカソがパリに暮して絵画の世界市場で自分の存在をあらそって来た過程でかれの芸術がどのような変転をしてきたかという、その現実に突き入って理解しなければピカソは分らない。近代ヨーロッパの芸術、特に絵画・・・ 宮本百合子 「ディフォーメイションへの疑問」
・・・そして、更にいくつかの変転を経た日、「日本の社会における婦人と文学」との苦しい関係を語りつづけて来た婦人文学の特殊性は、人間の歴史の勝利の歌声のうちにとけてゆくのである。〔一九五一年四月〕・・・ 宮本百合子 「婦人作家」
・・・ 中途半端に蔕からくさって落ちた自由主義の歴史に煩わされて、日本のインテリゲンチアは、十九世紀初頭の政治的変転を経たフランスのインテリゲンチアとは同じでない。対立する力に対して、人間の理性の到達点を静にしかし強固に守りとおし、その任務を・・・ 宮本百合子 「冬を越す蕾」
・・・日本が世界史的な変転の時期にさらされている現実は、極めてリアルに私たちの日常に映っていて、感情と心理の翳とは複雑である。 このような現実を土台として、文学が変化するのは当然であり、一人一人の作家の内部に立ち入ってみても、それぞれの心は、・・・ 宮本百合子 「平坦ならぬ道」
・・・祖父カシーリンが、ヴォルガの曳舟人夫から稼ぎ上げた財産、職人組合長老の位置などは、この全ロシアを動かした経済事情の変転によって失われた。手工業生産者から産業資本家にうつることが出来ず、破産没落した一つの典型なのであった。 こういう家と時・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・そのあとには占領下の変転のはなはだしい時期がつづく。その一年あまりの間、都会育ちの先生が、立ち居も不自由なほどの神経痛になやみながら、生まれて初めての山村の生活の日々を、「ちょうど目がさめると起きるような気持ちで」送られた。その記録がここに・・・ 和辻哲郎 「歌集『涌井』を読む」
出典:青空文庫