・・・お前今夜夜伽をおしかえ?」 しばらく無言が続いた後、浅川の叔母は欠伸まじりに、こう洋一へ声をかけた。「ええ、――姉さんも今夜はするって云うから、――」「慎ちゃんは?」 お絹は薄いまぶたを挙げて、じろりと慎太郎の顔を眺めた。・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・首……憎い友人どもの首……鬼女や滝夜叉の首……こんな物が順ぐりに、あお向けに寝て覚めている室の周囲の鴨居のあたりをめぐって、吐く息さえも苦しくまた頼もしかった時だ――「鬼よ、羅刹よ、夜叉の首よ、われを夜伽の霊の影か……闇の盃盤闇を盛りて、わ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ 蒲団引きおうて夜伽の寒さを凌ぎたる句などこそ古人も言えれ、蒲団その物を一句に形容したる、蕪村より始まる。「頭巾眉深き」ただ七字、あやせば笑う声聞ゆ。 足袋の真結び、これをも俳句の材料にせんとは誰か思わん。我この句を見ること熟せ・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・この弥一右衛門は家中でも殉死するはずのように思い、当人もまた忠利の夜伽に出る順番が来るたびに、殉死したいと言って願った。しかしどうしても忠利は許さない。「そちが志は満足に思うが、それよりは生きていて光尚に奉公してくれい」と、何度願っても、同・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫