・・・彼らは、おのおの生死もまたかえりみるにたりぬ大きなあるものを有していた。こうして、彼らのある者は、満足にかつ幸福に感じて死んだ。そして、彼らのあるものは、その生死ともに、すくなからぬ社会的価値を有しえたのである。 如意輪堂の扉にあずさ弓・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・ 角屋の大きな荒物屋に手伝いに行っていたお安が、兄のことから暇が出て戻ってきた。「お安や、健は何したんだ?」 母親は片方の眼からだけ涙をポロ/\出しながら、手荷物一つ持って帰ってきた娘にきいた。「キョウサントウだかって……」・・・ 小林多喜二 「争われない事実」
・・・七「へえ……大きなもんですな、これは幾許ぐらいのものですな」殿「それは何んだの相場によって違うが、大抵二十五両ぐらいの通用のものである」七「へえ一枚二十五両ッ……これが一枚あれば家内にぐず/″\いわれる訳はないが、二枚並んでゝも・・・ 著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三 「梅若七兵衞」
・・・顔をあげて拝むような目付をしたその男の有様は、と見ると、体躯の割に頭の大きな、下顎の円く長い、何となく人の好さそうな人物。日に焼けて、茶色になって、汗のすこし流れた其痛々敷い額の上には、たしかに落魄という烙印が押しあててあった。悲しい追憶の・・・ 島崎藤村 「朝飯」
・・・して見るとこれもあまり大きなことは言えなくなる。同情する自分と同情される他者との矛盾が、死ぬか生きるかの境まで来ると、そろそろ本体を暴露して来はしないか。まず多くの場合に自分が生きる。よっぽど濃密の関係で自分と他者と転倒しているくらいの場合・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・そして白い、短い眉毛の下の大きな、どんよりした、青い目で連の方を見ている。老人は直ぐ前を行く二人の肘の間から、その前を行く一人一人の男等を丁寧に眺めている。その歩き付きを見る。その靴や着物の値ぶみをする。それをみな心配げな、真率な、忙しく右・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・ ウイリイはだんだんに、力の強い大きな子になって、父親の畠仕事を手伝いました。 或ときウイリイが、こやしを車につんでいますと、その中から、まっ赤にさびついた、小さな鍵が出て来ました。ウイリイはそれを母親に見せました。それは、先に乞食・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・その水底にはお前さんが大きな蟹になって待っていて、鋏でわたしを挟むのだわ。それが今ここにこうしているわたしだわ。ほんにほんに憎いったら、憎いったら、憎いったらない。そうしてじいっとして坐っていて落ち着き払って、黙っているのが癪に障るわ。今の・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
・・・だからもし大きなむすこが腹をたてて帰って来て、庭先でどなりでもするような事があると、おばあさんは以前のような、小さい、言う事をきく子どもにしようと思っただけで、即座にちっぽけに見る事もできましたし、孫たちがよちよち歩きで庭に出て来るのを見る・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・ 例え、スバーは物こそ云えないでも、其に代る、睫毛の長い、大きな黒い二つの眼は持っていました。又、彼女の唇は、心の中に湧いて来る種々な思いに応じて、物は云わないでも、風が吹けば震える木の葉のように震えました。 私共が言葉で自分達の考・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
出典:青空文庫