・・・ちょうどいろいろな商品のレッテルを郭大して家の正面へはり付けたという感じである。考えようではなかなか美しいと思われるのもあるがしかしいずれにしても実に瞬間的な存在を表象するようなものばかりである。このような珍しい現象の記録をそれが消えない今・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
帝劇でドイツ映画「ブロンドの夢」というのを見た。途中から見ただけではあるし、別に大して面白い映画とも思われなかったが、その中の一場面としてこの映画の主役となる老若男女四人が彼等の共同の住家として鉄道客車の古物をどこかから買・・・ 寺田寅彦 「鴉と唱歌」
・・・んでもないが、またわざわざ手数をして見に行きたいと思う程の特別な衝動に接する機会もなかったために、――云わば、あまり興味のない親類に無沙汰をすると同様な経過で、ついつい今まで折々は出逢いもした機会を、大して惜しいとも思わずに取外して来たので・・・ 寺田寅彦 「議会の印象」
・・・ 大して金儲けには関係はないが、『織留』の中にある猫の蚤取法や、咽喉にささった釣針を外ずす法なども独創的巧智の例として挙げたものと見られる。 それはとにかく西鶴のオリジナリティーの尊重の中にも、西鶴の中の科学的な要素の一つを認めるこ・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・ 私はこの男の癖をよく知っていて、かなり久しく馴らされているし、またそのような特殊な行為の動機も充分に諒解しているので、別に大して気にしないつもりではいるが、それでもこの男と話した後ではどこか平常とはちがった心持になっているものと思われ・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・でも「日本現代の開化」でも大して私の方では構いません。「現代」と云う字があって「日本」と云う字があって「開化」と云う字があって、その間へ「の」の字が入っていると思えばそれだけの話です。何の雑作もなくただ現今の日本の開化と云う、こういう簡単な・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・けれどもその二十年後の今、自分の眼の前に現れた小作りな老師は、二十年前と大して変ってはいなかった。ただ心持色が白くなったのと、年のせいか顔にどこか愛嬌がついたのが自分の予期と少し異なるだけで、他は昔のままのS禅師であった。「私ももう直五・・・ 夏目漱石 「初秋の一日」
・・・そういう訳で今日は出ましたので、演説をする前に言訳がましい事をいうのは甚だ卑怯なようでありますけれども、大して面白い事も御話は出来ないと思いますし、また問題があっても、学校の講義見たように秩序の立った御話は出来兼ねるだろうと思います。安倍君・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・が、その痛みは大して彼に気を揉ませはしなかった。何故ならば、それはいつでもある事だったから。 ダイの仕度は出来た。 二十三本の発破が、岩盤の底に詰められて、蕨のように導火線が、雪の中から曲った肩を突き出していた。 五人の坑夫、―・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
松戸与三はセメントあけをやっていた。外の部分は大して目立たなかったけれど、頭の毛と、鼻の下は、セメントで灰色に蔽われていた。彼は鼻の穴に指を突っ込んで、鉄筋コンクリートのように、鼻毛をしゃちこばらせている、コンクリートを除・・・ 葉山嘉樹 「セメント樽の中の手紙」
出典:青空文庫