・・・(魚断、菜断、穀断と、茶断、塩断……こうなりゃ鯱立 と、主人が、どたりと寝て、両脚を大の字に開くと、(あああ、待ちたまえ、逆になった方が、いくらか空腹さが凌 と政治狂が、柱へ、うんと搦んで、尻を立てた。 と、・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ 午後四時半ごろになって大森は外から帰って来たが室にはいるや、その五尺六寸という長身を座敷のまん中にごろりと横たえて、大の字になってしばらく天井を見つめていた。四角な引きしまった顔には堪えがたい疲労の色が見える。洋服を脱ぐのもめんどうく・・・ 国木田独歩 「疲労」
・・・かれ人に誰何せられて、辛くも払暁郡山に達しけるが、二本松郡山の間にては幾度か憩いけるに、初めは路の傍の草あるところに腰を休めなどせしも、次には路央に蝙蝠傘を投じてその上に腰を休むるようになり、ついには大の字をなして天を仰ぎつつ地上に身を横た・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・ほとんど骨がないみたいにぐにゃぐにゃしている大尉を、うしろから抱き上げるようにして歩かせ、階下へおろして靴をはかせ、それから大尉の手を取ってすぐ近くの神社の境内まで逃げ、大尉はそこでもう大の字に仰向に寝ころがってしまって、そうして、空の爆音・・・ 太宰治 「貨幣」
・・・私は畳の上に、ほとんど大の字にちかい形で寝ころがっていた。「不精者よ。それだけは、たしかよ。」「そうか。」あまり、よくなかった。けれどもサタンよりは、少しましなようである。「サタンでは無いわけだね。」「でも、不精も程度が過ぎると・・・ 太宰治 「誰」
・・・助七は雪の上に、ほとんど大の字なりにひっくりかえり、しばらく、うごこうともしなかった。鼻孔からは、鼻血がどくどく流れ出し、両の眼縁がみるみる紫色に腫れあがる。 はるか遠く、楢の幹の陰に身をかくし、真赤な、ひきずるように長いコオトを着て、・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・あまがえるどもは、はこんで来た石にこしかけてため息をついたり、土の上に大の字になって寝たりしています。その影法師は青く日がすきとおって地面に美しく落ちていました。団長は怒って急いで鉄の棒を取りに家の中にはいりますと、その間に、目をさましてい・・・ 宮沢賢治 「カイロ団長」
出典:青空文庫