・・・ これだけ説明しておいて現代日本の開化に後戻をしたらたいてい大丈夫でしょう。日本の開化は自然の波動を描いて甲の波が乙の波を生み乙の波が丙の波を押し出すように内発的に進んでいるかと云うのが当面の問題なのですが残念ながらそう行っていないので・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・「お前、又長くなるのじゃあるまいね」 病み疲れた、老い衰えた母は、そう訊ねることさえ気兼ねしていたのだが、辛抱し切れなくなって、囁くように言った。「大丈夫ですよ。お母さん、直ぐ帰って来ますよ、坊やを連れて行って来まさ」と云う・・・ 葉山嘉樹 「生爪を剥ぐ」
・・・名山さんと千鳥さんがあんないやな顔をしておいでだよ。大丈夫だよ、安心してえておくんなさいましだ。死んで花実が咲こかいな、苦しむも恋だって。本統にうまいことを言ッたもんさね。だもの、誰がすき好んで、死ぬ馬鹿があるもんかね。名山さん、千鳥さん、・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・即ち女子の品位を維持するの道にして、大丈夫も之に接して遜る所なきを得ず。世間に所謂女学生徒などが、自から浅学寡聞を忘れて、差出がましく口を開いて人に笑わるゝが如きは、我輩の取らざる所なり。一 既に優美を貴ぶと言えば、遊芸は自から女子社会・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・「なに大丈夫サ、大丈夫天下の志サ。おい車屋、真砂町まで行くのだ。」「お目出とう御座います。先生は御出掛けになりましたか。」「ハイ唯今出た所で、まア御上りなさいまし。」「イヤ今日は急いでいるから上りません。」「あなたもうそんなにお宜しいの・・・ 正岡子規 「初夢」
・・・とにかく僕は今日半日で大丈夫五十円の仕事はした訳だ。なぜならいままでは塩水選をしないでやっと反当二石そこそこしかとっていなかったのを今度はあちこちの農事試験場の発表のように一割の二斗ずつの増収としても一町一反では二石二斗になるのだ。みん・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・ ――気をつけなさい。ヴャトカは日本人の旧跡だから。自分がトンマですりに会って、シベリア鉄道の沿線に泥棒の名所があるなんて逆宣伝して貰っちゃ困るわよ。 ――大丈夫さ! 心得ている。 暗くなってヴャトカへ着いた。ここはヴャトカ・ウ・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・秀麿が目の前にいない時は、青山博士の言った事を、一句一句繰り返して味ってみて、「なる程そうだ、なんの秀麿に病気があるものか、大丈夫だ、今に直る」と思ってみる。そこへ秀麿が蒼い顔をして出て来て、何か上の空で言って、跡は黙り込んでしまう。こっち・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・「うむ、もう直ぐ、癒る。大丈夫だ。」「どうして、あたしを、死なしてくれないんだろう。」「そんなことは、いうもんじゃない。」「こんなに苦しいのに、まだあたしを、苦しめるつもりかしら。」 今は、彼には彼女の死を希う意志が怨め・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・このぶんならたいてい大丈夫だと安心した気持ちになる。 しかし時間はいっぱいだった。市街電車へ乗り換える所へ来て、改札口で乗越賃を払おうとすると、釣銭がないと言って駅夫が向こうへ取りに行く。釣銭などでグズグズしてはいられないのでそのまます・・・ 和辻哲郎 「停車場で感じたこと」
出典:青空文庫