・・・「十字架に懸り死し給い、石の御棺に納められ給い、」大地の底に埋められたぜすすが、三日の後よみ返った事を信じている。御糺明の喇叭さえ響き渡れば、「おん主、大いなる御威光、大いなる御威勢を以て天下り給い、土埃になりたる人々の色身を、もとの霊魂に・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・いや、ある時は大地の底に爆発の機会を待っている地雷火の心さえ感じたものである。こう云う溌剌とした空想は中学校へはいった後、いつのまにか彼を見離してしまった。今日の彼は戦ごっこの中に旅順港の激戦を見ないばかりではない、むしろ旅順港の激戦の中に・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・老人の言葉がまだ終らない内に、彼は大地に額をつけて、何度も鉄冠子に御時宜をしました。「いや、そう御礼などは言って貰うまい。いくらおれの弟子にしたところが、立派な仙人になれるかなれないかは、お前次第で決まることだからな。――が、ともかくも・・・ 芥川竜之介 「杜子春」
・・・人は大地を踏むことにおいて生命に触れているのだ。日光に浴していることにおいて精神に接しているのだ。 それゆえに大地を生命として踏むことが妨げられ、日光を精神として浴びることができなければ、それはその人の生命のゆゆしい退縮である。マルクス・・・ 有島武郎 「想片」
・・・私共の根はいくらかでも大地に延びたのだ。人生を生きる以上人生に深入りしないものは災いである。 同時に私たちは自分の悲しみにばかり浸っていてはならない。お前たちの母上は亡くなるまで、金銭の累いからは自由だった。飲みたい薬は何んでも飲む事が・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・この時の流の音の可恐さは大地が裂けるようであった。「ああ、そうとは知りませぬ。――小児衆の頑是ない、欲しいものは欲しかろうと思うて進ぜました。……毎日見てござったは雛じゃったか。――それはそれは。……この雛はちと大金のものゆえに、進上は申さ・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・ かくは断乎として言放ち、大地をひしと打敲きつ、首を縮め、杖をつき、徐ろに歩を回らしける。 その背後より抜足差足、密に後をつけて行く一人の老媼あり。これかのお通の召使が、未だ何人も知り得ざる蝦蟇法師の居所を探りて、納涼台が賭物したる・・・ 泉鏡花 「妖僧記」
・・・ただただ大地を両断して、海と陸とに分かち、白波と漁船とが景色を彩なし、円大な空が上をおおうてるばかりである。磯辺に立って四方を見まわせば、いつでも自分は天地の中心になるのである。予ら四人はいま雲の八重垣の真洞の中に蛤をとっている。時の移るも・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・弱い日の光が、軽い大地の上にみなぎっていました。のぶ子は、熱心に、母が、箱を開けるのをながめていました。やがて、包みが解かれると、中から、数種の草花の種子が出てきたのであります。 その草花の種子は、南アメリカから、送られてきたのでした。・・・ 小川未明 「青い花の香り」
・・・ある年、台風の襲ったとき、危うく根こぎになろうとしたのを、あくまで大地にしがみついたため、片枝を折られてしまいました。そして、醜い形となったが、より強く生きるという決心は、それ以来起こったのであります。いまは、もはや、どんなに大きな風が吹い・・・ 小川未明 「曠野」
出典:青空文庫