・・・けれども父を笑わせたのはとにかく大手柄には違いない。かつまた家中を陽気にしたのもそれ自身甚だ愉快である。保吉はたちまち父と一しょに出来るだけ大声に笑い出した。 すると笑い声の静まった後、父はまだ微笑を浮べたまま、大きい手に保吉の頸すじを・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・ その間に、一方では老中若年寄衆へこの急変を届けた上で、万一のために、玄関先から大手まで、厳しく門々を打たせてしまった。これを見た大手先の大小名の家来は、驚破、殿中に椿事があったと云うので、立ち騒ぐ事が一通りでない。何度目付衆が出て、制・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・が、時々往来のものの話などで、あの建札へこの頃は香花が手向けてあると云う噂を聞く事でもございますと、やはり気味の悪い一方では、一かど大手柄でも建てたような嬉しい気が致すのでございます。「その内に追い追い日数が経って、とうとう竜の天上する・・・ 芥川竜之介 「竜」
・・・奴の画はそんなけちな画ではない。大手をふって一人で通ってゆく画だ。そういうものを発見するのが書画屋の見識というものではないか。そういう見識から儲けが生まれてこなければ、大きな儲けは生まれはしない。沢本 俗物の本音を出したな。花田 ・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・ と肩を怒らして大手を振った、奴、おまわりの真似して力む。「じゃ、何だって、何だってお前、ベソ三なの。」「うん、」 たちまち妙な顔、けろけろと擬勢の抜けた、顱巻をいじくりながら、「ありゃね、ありゃね、へへへ、号外だ、号外・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・それへ向って二町ばかり、城の大手を右に見て、左へ折れた、屋並の揃った町の中ほどに、きちんとして暮しているはず。 その男を訪ねるに仔細はないが、訪ねて行くのに、十年越の思出がある、……まあ、もう少し秘して置こう。 さあ、其処へ、となる・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・うしろ形も、罎と鎌で調子を取って、大手を振った、おのずから意気の揚々とした処は、山の幸を得た誇を示す。……籠に、あの、ばさばさ群った葉の中に、鯰のような、小鮒のような、頭の大な茸がびちびち跳ねていそうなのが、温泉の町の方へずッと入った。しば・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・ いやなことを言われて深田の家を出る時は、なんのという気で大手を振って帰ってきた省作も、家に来てみると、家の人たちからはお前がよくないとばかり言われ、世間では意外に自分を冷笑し、自分がよくないから深田を追い出されたように噂をする。いつの・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・が、この大根気、大努力も決して算籌外には置かれないので、単にこの点だけでも『八犬伝』を古往今来の大作として馬琴の雄偉なる大手筆を推讃せざるを得ない。 殊に失明後の労作に到っては尋常芸術的精苦以外にいかなる障碍にも打ち勝ってますます精進し・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・私はもうたいした野心もなく、大金持になろうなどと思ってはいなかったというものの、勘当されている身の上を考えれば、やはり少しはましな人間になって、大手を振って親きょうだいに会えるようになりたい、そのためにはまず貯金だと思っていたのですが、酒の・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
出典:青空文庫