・・・ むかし、秋田何代かの太守が郊外に逍遥した。小やすみの庄屋が、殿様の歌人なのを知って、家に持伝えた人麿の木像を献じた。お覚えのめでたさ、その御機嫌の段いうまでもない――帰途に、身が領分に口寄の巫女があると聞く、いまだ試みた事がない。それ・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・「試合の催しがあると、シミニアンの太守が二十四頭の白牛を駆って埒の内を奇麗に地ならしする。ならした後へ三万枚の黄金を蒔く。するとアグーの太守がわしは勝ち手にとらせる褒美を受持とうと十万枚の黄金を加える。マルテロはわしは御馳走役じゃと云う・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・主簿といえば、刺史とか太守とかいうと同じ官である。支那全国が道に分れ、道が州または郡に分れ、それが県に分れ、県の下に郷があり郷の下に里がある。州には刺史といい、郡には太守という。一体日本で県より小さいものに郡の名をつけているのは不都合だと、・・・ 森鴎外 「寒山拾得」
出典:青空文庫