出典:青空文庫
・・・いうならば所謂坂田の将棋の性格、たとえば一生一代の負けられぬ大事な将棋の第一手に、九四歩突きなどという奇想天外の、前代未聞の、横紙破りの、個性の強い、乱暴な手を指すという天馬の如き溌剌とした、いやむしろ滅茶苦茶といってもよいくらいの坂田の態・・・ 織田作之助 「勝負師」
・・・羽左、阪妻の活躍は、見た眼にも綺麗で、まあ新講談と思えば、講談の奇想天外にはまた捨てがたいところもあるのだから、楽しく読めることもあるけれど、あの、深刻そうな、人間味を持たせるとかいって、楠木正成が、むやみ矢鱈に、淋しい、と言ったり、御前会・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・まさに奇想天外、暗闇から牛である。仕末に困る。芭蕉も凡兆も、あとをつづけるのが、もう、いやになったろう。それとも知らず、去来ひとりは得意である。草取りから一転して、長き脇指があらわれた。着想の妙、仰天するばかりだ。ぶちこわしである。破天荒で・・・ 太宰治 「天狗」
・・・やがて口論の場面が来、最後には奇想天外的に一匹の猿が登場する。瘠せた猿がちょこなんと止り木にのっている。前に立って飽かれた妻が重そうな丸髷を傾け、「猿公、旦はんどこへ行かはったか知らんか」と訊いている。―― 絵物語の女が桃龍自身・・・ 宮本百合子 「高台寺」
・・・どこにもない様に顔の小さい、足の長い美人たちが、それが商売である図案家によって、奇想天外に考え出されたモードのおしゃれをして、たったり坐ったり寝そべったりしています。お互いに愛想のつきるような電車に乗ってつとめへ往復して、粉ばかり食べて下腹・・・ 宮本百合子 「若人の要求」