・・・百メートルくらいしかないけれど、樹立がふかくて奥行のある山であった。見はらしのきく頂上へきて、岩の上にひざを抱いてすわると、熊本市街が一とめにみえる。田圃と山にかこまれて、樹木の多い熊本市は、ほこりをあびてうすよごれてみえた。裁判所の赤煉瓦・・・ 徳永直 「白い道」
・・・しかしそう長くはありません、奥行は存外短かい講演です。やってる方だって長いのは疲れますからできるだけ労力節約の法則に従って早く切り上げるつもりですから、もう少し辛抱して聴いて下さい。 それで現代の日本の開化は前に述べた一般の開化とどこが・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
書物に於ける装幀の趣味は、絵画に於ける額縁や表装と同じく、一つの明白な芸術の「続き」ではないか。彼の画面に対して、あんなにも透視的の奥行きをあたへたり、適度の明暗を反映させたり、よつて以てそれを空間から切りぬき、一つの落付・・・ 萩原朔太郎 「装幀の意義」
・・・という、あすこいらの表現の緊めかたでもう少しの奥行が与えられたのではなかろうかと思う。特に、最後の場面で再び女万歳師となったおふみ、芳太郎のかけ合いで終る、あのところが、私には実にもう一歩いき進んだ表現をとのぞまれた。このところは、恐らく溝・・・ 宮本百合子 「「愛怨峡」における映画的表現の問題」
・・・導かれ、そこに在る点景の白い婦人の姿を中心として一層ひろい海面へのびてゆくリズムは実に変化と諧調に富んでいて、眺めていると複雑にとらえられている角度や線の交錯から、その海辺に都会がつくられて来た歴史の奥行だの、その屋根屋根の下で営まれている・・・ 宮本百合子 「ヴォルフの世界」
・・・人間関係、社会の現実を経済政治の関係の中で横に眺め得ず、狭い身辺の間口から心理の奥行深く眺め渡しているのである。 森鴎外は傑出した智能を持った人であり、科学と文学との美を当時の水準では最高に身に具えた人であった。軍隊の衛生、クラウゼヴィ・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
・・・一つの小説を、最もゆたかな奥行きと、人間生活の最も綜合的な角度で味う方法を会得したのであった。 文学の端初は、世界のあらゆる民族の生活において歌謡であった。原始の人類たちは、彼らのよろこび、悲しみ、勇躍にあたって歌い、踊った。文字はあと・・・ 宮本百合子 「作家の経験」
・・・文学はそれだけの命と社会的奥行をもつものである。 二葉亭四迷もこの面からみれば、歴史の力に消耗されることを自身にゆるした瞬間、悲劇の一歩をふみ出しているわけである。 現実に面してひるまない精神ということと、何が出ようとも何とも感じず・・・ 宮本百合子 「生活者としての成長」
・・・京都の黄檗山万福寺と同様、大雄宝殿其他の建物を甃の廻廊で接続させてあるのだが、山端で平地の奥行きが不足な故か、構造の上でせせこましさがある。数多の柱列を充分活かすだけの直線の延長が足りないとでも説明すべきなのか。京都の万福寺の建物では智的で・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・ 第一に健康で心の明るい婦人をというような共通性のほかに、数年前はインテリ型の婦人が求められていたようですが、今日は家庭的な婦人が求められるようになって来ていると思います、という答えがあって、何となし奥行きのある暗示を感じた。答えているのは・・・ 宮本百合子 「若い世代の実際性」
出典:青空文庫