・・・私は無智驕慢の無頼漢、または白痴、または下等狡猾の好色漢、にせ天才の詐欺師、ぜいたく三昧の暮しをして、金につまると狂言自殺をして田舎の親たちを、おどかす。貞淑の妻を、犬か猫のように虐待して、とうとう之を追い出した。その他、様々の伝説が嘲笑、・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・「君は僕を、好色の人間だと思うかね。どうかね。」「そりゃ、好色でしょう。」「実は、そうなんだ。」 と言って、女中にお酌でもさせてもらうように遠まわしの謎を掛けたりなどしてみたのであるが、彼は意識的にか、あるいは無意識的にか、・・・ 太宰治 「母」
・・・つつしむべきは、好色の念だね。君なんかに、のぞき見されて、たまるもんか。君は、ときどき上流の家庭にも、しのび込んで、そうして、そこの大奥様の財布なんか盗んで家へ持ってかえり、そのお財布の中に、奇妙な極彩色の絵なんか在る場合、亭主とふたりで、・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・そのころの東京には、モナ・リザをはだかにしてみたり、政岡の亭主について考えてみたり、ジャンヌ・ダアクや一葉など、すべてを女体として扱う疲れ果てた好色が、一群の男たちの間に流行していた。そのような極北の情慾は、謂わばあの虚無ではないのか。しか・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・いちばん華やかな祭礼はお葬いだというのと同じような意味で、君は、ずいぶん好色なところをねらっているのだよ。髪は?」「日本髪は、いやだ。油くさくて、もてあます。かたちも、たいへんグロテスクだ。」「それ見ろ。無雑作の洋髪なんかが、いいの・・・ 太宰治 「雌に就いて」
・・・佐野君は、釣竿を河原の青草の上にそっと置いて、煙草をふかした。佐野君は、好色の青年ではない。迂濶なほうである。もう、その令嬢を問題にしていないという澄ました顔で、悠然と煙草のけむりを吐いて、そうして四季の風物を眺めている。「ちょっと、拝・・・ 太宰治 「令嬢アユ」
・・・少し好色すぎたと思われる描写が処々に散見されたからである。口の悪い次男に、あとで冷笑されるに違いないと思ったが、それも仕方がないと諦めた。自分の今の心境が、そのまま素直にあらわれたのであろう、悲しいことだと思ったりした。でもまた、これだけで・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・おれは好色家の感じのような感じで、あの口の中へおれの包みを入れてみたいと思った。巡査が立っている。あの兜を脱がせて、その中へおれの包みを入れたらよかろうと思う。紐をからんでいる手の指が燃えるような心持がする。包みの重りが幾キログランムかあり・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・中西屋の店先にはその頃武蔵屋から発行した近松の浄瑠璃、西鶴の好色本が並べられてあったが、これも表紙を見ただけで買いはしなかった。わたくしが十六、七の時の読書の趣味は極めて低いものであった。 四カ月ほど小田原の病院にいる間読んだものは、ま・・・ 永井荷風 「十六、七のころ」
・・・或る地方の好色男子が常に不品行を働き、内君の苦情に堪えず、依て一策を案じて内君を耶蘇教会に入会せしめ、其目的は専ら女性の嫉妬心を和らげて自身の獣行を逞うせんとの計略なりしに、内君の苦情遂に止まずして失望したりとの奇談あり。天下の男子にして女・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
出典:青空文庫