・・・花も始終絶やした事はない。書物も和書の本箱のほかに、洋書の書棚も並べてある。おまけに華奢な机の側には、三味線も時々は出してあるんだ。その上そこにいる若槻自身も、どこか当世の浮世絵じみた、通人らしいなりをしている。昨日も妙な着物を着ているから・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・赤坊を殺したのは笠井だと広岡の始終いうのは誰でも知っていた。広岡の馬を躓かしたのは間接ながら笠井の娘の仕業だった。蹄鉄屋が馬を広岡の所に連れて行ったのは夜の十時頃だったが広岡は小屋にいなかった。その晩広岡を村で見かけたものは一人もなかった。・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・恋の醒めぎわのような空虚の感が、自分で自分を考える時はもちろん、詩作上の先輩に逢い、もしくはその人たちの作を読む時にも、始終私を離れなかった。それがその時の私の悲しみであった。そうしてその時は、私が詩作上に慣用した空想化の手続が、私のあらゆ・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・ 一体三味線屋で、家業柄出入るものにつけても、両親は派手好なり、殊に贔屓俳優の橘之助の死んだことを聞いてから、始終くよくよして、しばらく煩ってまでいたのが、その日は誕生日で、気分も平日になく好いというので、髪も結って一枚着換えて出たので・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・「そりゃいつです。どうして民さんは死んだんです」 僕が夢中になって問返すと、母は嗚咽び返って顔を抑えて居る。「始終をきいたら、定めし非度い親だと思うだろうが、こらえてくれ、政夫……お前に一言の話もせず、たっていやだと言う民子を無・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・昼間はとても出ることが出来なかった、日が暮れるのを待ったんやけど、敵は始終光弾を発射して味方の挙動を探るんで、矢ッ張り出られんのは同じこと。」「鳥渡聴くが、光弾の破裂した時はどんなものだ?」「三四尺の火尾を曳いて弓形に登り、わが散兵・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・君の名を知らんもんだからね、どんな容子の人だと訊くと、鞄を持ってる若い人だというので、(取次がその頃私が始終提げていた革の合切袋テッキリ寄附金勧誘と感違いして、何の用事かと訊かしたんだ。ところが、そんなら立派な人の紹介状を持って来ようとツウ・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・そして弾丸が始終高い所ばかりを飛ぶようになった。 女房もやはり気がぼうっとして来て、なんでももう百発も打ったような気がしている。その目には遠方に女学生の白いカラが見える。それをきのう的を狙ったように狙って打っている。その白いカラの外には・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・ 私は始終を見ていて異様に感じた。七 女房を奪われながらも、万年屋は目と鼻の間の三州屋に宿を取っている。翌日からもう商売に出るのを見かけた者がある。山本屋の前を通る時には、怨しそうに二階を見挙げて行くそうだ。私は見慣れた・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・は名前のごとく始終体を痙攣させている男だが、なぜか廓の妓たちに好かれて、彼のために身を亡した妓も少くはなかった。豹一は妓の白い胸にあるホクロ一つにも愛惜を感じる想いで、はじめて嫉妬を覚えた。博奕打ちに負けたと思うと、血が狂暴に燃えた。妓が「・・・ 織田作之助 「雨」
出典:青空文庫