・・・ある親戚の老人夫婦に仲人を頼んだ媒妁結婚である。常子は美人と言うほどではない。もっともまた醜婦と言うほどでもない。ただまるまる肥った頬にいつも微笑を浮かべている。奉天から北京へ来る途中、寝台車の南京虫に螫された時のほかはいつも微笑を浮かべて・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・婆さん、媒妁人は頼んだよ。」 迷信の深い小山夫人は、その後永く鳥獣の肉と茶断をして、判事の無事を祈っている。蓋し当時、夫婦を呪詛するという捨台辞を残して、我言かくのごとく違わじと、杖をもって土を打つこと三たびにして、薄月の十日の宵の、十・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・式は別に謂わざるべし、媒妁の妻退き、介添の婦人皆罷出つ。 ただ二人、閨の上に相対し、新婦は屹と身体を固めて、端然として坐したるまま、まおもてに良人の面を瞻りて、打解けたる状毫もなく、はた恥らえる風情も無かりき。 尉官は腕を拱きて、こ・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・――そして媒妁人をして下さい。画家 (無言にて、罎夫人 (ウイスキーを一煽りに、吻爺さん、肴をなさいよ。人形使 口上擬に、はい小謡の真似でもやりますか。夫人 いいえ、その腐った鯉を、ここへお出しな。人形使 や。夫人 ・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・ 四 さるほどに蝦蟇法師はあくまで老媼の胆を奪いて、「コヤ老媼、汝の主婦を媒妁して我執念を晴らさせよ。もし犠牲を捧げざれば、お通はもとより汝もあまり好きことはなかるべきなり、忘れてもとりもつべし。それまで命を預け・・・ 泉鏡花 「妖僧記」
・・・、憎い女ではない、憎いどころではない、おとよさんのような女でそうしてあんなに親切な人はどこにもない、一体どういうわけであのしっかりとしたおとよさんが、隣の家のようなくずぞろいの所にいるのか、聞けば全く媒妁の人に欺かれたのだというのに、わから・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・ その間で嫂が僅に話す所を聞けば、市川の某という家で先の男の気性も知れているに財産も戸村の家に倍以上であり、それで向うから民子を強っての所望、媒妁人というのも戸村が世話になる人である、是非やりたい是非往ってくれということになった。民子は・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・斎藤との縁談を断わったのが、なぜ面目ないのか、私は斎藤から頼まれて媒妁人となったのだから、この縁談は実はまとめたかった。それでも当の本人が厭だというなら、もうそれまでの話だ。断わるに不思議はない、そこに不面目もへちまもない」「いや薊、た・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・それはこうで、娘は細川繁に配する積りである、細川からも望まれている、私も初は進まなかったが考えてみると娘の為め細川の為め至極良縁だと思う、何卒か貴所その媒酌者になってくれまいかとの言葉。胸に例の一条が在る拙者は言句に塞って了った、然し直ぐ思・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・せんとするをお夏は飛び退きその手は頂きませぬあなたには小春さんがと起したり倒したり甘酒進上の第一義俊雄はぎりぎり決着ありたけの執心をかきむしられ何の小春が、必ずと畳みかけてぬしからそもじへ口移しの酒が媒妁それなりけりの寝乱れ髪を口さがないが・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
出典:青空文庫