・・・僕はほんとうに孝行だなあ。 狐が角パンを二つくわえて来てホモイの前に置いて、急いで「さよなら」と言いながらもう走っていってしまいました。ホモイは、 「狐はいったい毎日何をしているんだろう」とつぶやきながらおうちに帰りました。 今・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・おうちの方々は実に母さん孝行で、峰子さんなどは、自分の家庭とお母さんの看病と、おどろくばかり献身された。長男の鉄夫さんが花嫁をもらわれ、勝彦さんが出征され、松の茂った丘や玉川へ向う眺望のよい病床も多端であった。 その前ごろから、孝子夫人・・・ 宮本百合子 「白藤」
・・・ あのいい眼つきをした若い瀬川さんが、俺はもう女房孝行だけして子を育てることにきめたよと云って、段々張がなくなって、じじむさい男になって行くのをうれしがって見ていられること?」 牧子は、「――そうねえ」 心から吐息をついた。瀬川・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・は美術展覧会の裸体画を撤回させ「モリエールの作品が孝行の本義に背くと云って、その全訳を発禁に処した。そして更に時の首相陶庵公が序文を附したゾラの一訳書が、西園寺内閣の内務大臣によって発禁されたこともあった」 当時「文芸委員会」の委員であ・・・ 宮本百合子 「矛盾の一形態としての諸文化組織」
・・・ 第二日 鶏は女房孝行な内にもどっかつんとしたところがあるけれど、鴨はどこまでもいくじなしで鼻ったらしに見える。 鶏はいつも牝鳥をかばってやって、人がいたずらをするとみの毛をさかだてておっかけるが鴨は置いてきぼり・・・ 宮本百合子 「芽生」
・・・心の中には、哀れな孝行娘の影も残らず、人に教唆せられた、おろかな子供の影も残らず、ただ氷のように冷ややかに、刃のように鋭い、いちの最後のことばの最後の一句が反響しているのである。元文ごろの徳川家の役人は、もとより「マルチリウム」という洋語も・・・ 森鴎外 「最後の一句」
これは小さい子供を持った寡婦がその子供を寐入らせたり、また老いて疲れた親を持った孝行者がその親を寝入らせたりするのにちょうどよい話である。途中でやめずにゆっくり話さなくてはいけない。初めは本当の事のように活溌な調子で話すが・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
出典:青空文庫