・・・我妹、雪白の祭壇の上に潔く安置された柩の裡にあどけないすべての微笑も、涙も、喜びも、悲しみも皆納められたのであろうか。永久に? 返る事なく? 只一度の微笑みなり一滴の涙なりを只一度とのこされた姉は希うのである。 思い深く沈んだ夜は私・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・真中の小高いところは赤い布で包まれていて、その上に小さい棺が安置されているのであった。棺には銀紙が貼られているが、そこから突出ているのは雀の小さな灰色の爪と鋭い嘴であった。棺の後方の聖台、その上の銅製の十字架。三本の燃えさし蝋燭のともってい・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・霊屋のそばにはまだ妙解寺は出来ていぬが、向陽院という堂宇が立って、そこに妙解院殿の位牌が安置せられ、鏡首座という僧が住持している。忌日にさきだって、紫野大徳寺の天祐和尚が京都から下向する。年忌の営みは晴れ晴れしいものになるらしく、一箇月ばか・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫