・・・文芸上の作物は巧いにしろ拙いにしろ、それがそれだけで完了してると云う点に於て、人生の交渉は歴史上の事柄と同じく間接だ、とか何んとか。それはまあどうでも可いが、とにかくおれは今後無責任を君の特権として認めて置く。特待生だよ。A 許してくれ・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・『八犬伝』もまた末尾に近づくにしたがって強弩の末魯縞を穿つあたわざる憾みが些かないではないが、二十八年間の長きにわたって喜寿に近づき、殊に最後の数年間は眼疾を憂い、終に全く失明して口授代筆せしめて完了した苦辛惨憺を思えば構想文字に多少の倦怠・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・一粒の草花の種子が発芽してから満開するまでの変化を数分の間に完了させることもできる一方では、また、弾丸が銃口を出て行く瞬間にこれに随伴する煙の渦環や音波の影の推移をゆるゆると見物することもできる。眠っているように思っている植物が怪獣のごとく・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・そしてある室の入口に控えていた同じような制服の役人に傍聴券を差し出して、それでもういいのかと思っていると、まだ必要な手続が完了していなかったと見えてそこへはいる事を許されない。それで再びまた同じ階段を下りて、方角のわからぬ廊下をぐるぐる廻っ・・・ 寺田寅彦 「議会の印象」
・・・ 人類を幸福に世界を平和に導く道は遼遠である、そこに到達する前にまずわれわれは手近なとんぼの習性の研究から完了してかからなければならないではないか。 このとんぼの問題が片付くまでは、自分にはいわゆる唯物論的社会学経済学の所論をはっき・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
・・・といったような不規則なリズムを刻んだ爆音がわずか二三秒間に完了して、そのあとに「ゴー」とちょうど雷鳴の反響のような余韻が二三秒ぐらい続き次第に減衰しながら南の山すそのほうに消えて行った。大砲の音やガス容器の爆発の音などとは全くちがった種類の・・・ 寺田寅彦 「小爆発二件」
・・・しかもこの種の観測事業は一年や二年で完了するものでなく、永年にわたって極めて持久的に系統的に行ってはじめて効果をあげることが出来るものであろう。それだのに、日本の政府が従来こうした大事な科学的な政道に如何に冷淡であったかは周知の事実である。・・・ 寺田寅彦 「新春偶語」
・・・これはむつかしい問題であるが、私見によると、二つの対象が対立して、それが総合的に一つの全体を完了する、いわば弁証法的とでも言われる形式を備えるのが「切れる」の意味であるらしく思われる。少なくもこれが自分の現在の作業仮説である。「や」はその上・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・しかしその声が煉瓦のまだ砕けない前に完了したのであったか、それとも砕けるのを見てから後であったのか、事柄の経過したすぐ後で考えてみても、どうしてもよくわからない。しかしたぶんそれは後の方であったらしい。 実際われわれの感覚する生理的の時・・・ 寺田寅彦 「鑢屑」
・・・特務曹長「ええ、只今のは実は現在完了のつもりであります。ところで閣下、この好機会をもちまして更に閣下の燦爛たるエボレットを拝見いたしたいものであります。」大将「ふん、よかろう。」特務曹長「実に甚しくあります。」大・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
出典:青空文庫