・・・「わたくしがラホレのマハラジャの宮殿にいました時の事ですが」なんと云う。昔話をするのか、大法螺を吹くのかと思われるのである。ところが、それが事実である。三方四方がめでたく納まった話であるから、チルナウエルは生涯人に話しても、一向差支はないの・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・つい、近ごろにアインシュタインが突然第二の扉を蹴開いてそこに玲瓏たる幾何学的宇宙の宮殿を発見した。しかし第一の扉を通過しないで第二の扉に達し得られたかどうかは疑問である。 この次の第三の扉はどこにあるだろう。これはわれわれには全然予想も・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・その邸宅はもとノリッチ僧正の宮殿であった。その後ヘンリー八世の所有となったこともあった。その時の当主ジョン・ストラットは Maldon からの M. P. として選出された。この人の長子は早世し、次男の Joseph Halden Stru・・・ 寺田寅彦 「レーリー卿(Lord Rayleigh)」
・・・浴衣一枚の事で、いろいろの艶しい身の投げ態をした若い女たちの身体の線が如何にも柔く豊かに見えるのが、自分をして丁度、宮殿の敷瓦の上に集う土耳其美人の群を描いたオリヤンタリストの油絵に対するような、あるいはまた歌麿の浮世絵から味うような甘い優・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・の力に思い及ぶ時、この哀れなる朱と金箔と漆の宮殿は、その命の今日か明日かと危ぶまれる美しい姫君のやつれきった面影にも等しいではないか。 そもそも最初自分がこの古蹟を眼にしたのは何年ほど前の事であったろう。まだ小学校へも行かない時分ではな・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・ たとえば往古支那にて、天子の宮殿も、茆茨剪らず、土階三等、もって安しというといえども、その宮殿は真実安楽なる皇居に非ず。かりに帝堯をして今日にあらしめなば、いかに素朴節倹なりといえども、段階に木石を用い、屋もまた瓦をもって葺くことなら・・・ 福沢諭吉 「教育の目的」
・・・ 何々の宮殿下、何々侯爵、何子爵、何……夫人、と目にうつる写真の婦人のどれもどれもが、皆目のさめる様な着物を着て、曲らない様な帯を〆、それをとめている帯留には、お君の家中の財産を投げ出しても求め得られない様な宝石が、惜し気もなくつけられ・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ けれども、其なら彼はその耽美の塔に立て籠って、夕栄の雲のような夢幻に陶酔していると云うのだろうか、私は単純に、夢の宮殿を捧げて仕舞えない心持がする。夢で美を見るのと、醒めて美を見ると違うのに彼はおきているのだ。起きていて、心が彼方まで・・・ 宮本百合子 「最近悦ばれているものから」
・・・ 公共建築や宮殿のようなものは例外として、中流の、先ず心の楽しさを得たい為に、居心地よい家を作ろうとするような者は、此位の共力が、決して不当なものではあるまいと思います。新らしい家と云うものが、ちっとも、贅沢な、フリーボラスな気分を醸さ・・・ 宮本百合子 「書斎を中心にした家」
・・・ 又、外国の宮殿を見ると、よく支那の間とか、トルコの間とかいう室がつくられている。すっかりその国の特色あるもので装飾されて一室をなしている。そういうところを眺めていると、過去の世紀の権力の表現方法やその様式というものが、絵巻のようにまざ・・・ 宮本百合子 「生活のなかにある美について」
出典:青空文庫