・・・それから女は妻となるや否や、家畜の魂を宿す為に従順そのものに変るのである。それから子供は男女を問わず、両親の意志や感情通りに、一日のうちに何回でも聾と唖と腰ぬけと盲目とになることが出来るのである。それから甲の友人は乙の友人よりも貧乏にならず・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・少将の胤を宿すのはおろか、逢ったことさえ一度もありはしません。嘘も、嘘も、真赤な嘘ですよ! 使 真赤な嘘? そんなことはまさかないでしょう。 小町 では誰にでも聞いて御覧なさい。深草の少将の百夜通いと云えば、下司の子供でも知っている・・・ 芥川竜之介 「二人小町」
・・・月も十五に影を宿すであろう。出ようとすると、向うの端から、ちらちらと点いて、次第に竈に火が廻った。電気か、瓦斯を使うのか、ほとんど五彩である。ぱッと燃えはじめた。 この火が、一度に廻ると、カアテンを下ろしたように、窓が黒くなって、おかし・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・ 三日、午後箱館に至りキトに一宿す。 四日、初めて耕海入道と号する紀州の人と知る。齢は五十を超えたるなるべけれど矍鑠としてほとんと伏波将軍の気概あり、これより千島に行かんとなり。 五日、いったん湯の川に帰り、引かえしてまた函館に・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・美しい子供の頭にこういうものの影を宿す事は一つの罪悪であらねばならぬ。 私は滑稽という事がここにいわゆる漫画の本質的条件とは考えていない。もし私の考えているすべての漫画を滑稽であるとすれば、それは畢竟人間の真その物が滑稽な分子を含んでい・・・ 寺田寅彦 「漫画と科学」
・・・春の夜に尊き御所を守身かな春惜む座主の連歌に召されけり命婦より牡丹餅たばす彼岸かな滝口に灯を呼ぶ声や春の雨よき人を宿す小家や朧月小冠者出て花見る人を咎めけり短夜や暇賜はる白拍子葛水や入江の御所に詣づれば・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・魂と魂との愛が深くなればなる程、その魂を宿す身を求めずには居られない。 或時には、情慾だと思って、自分で恥じるほど激しい思慕が、身と魂を、白熱して燃え上って来るのである。そう云う時、彼女は、只出来得る限りの謙譲で、そのたい風の過ぎ去るの・・・ 宮本百合子 「無題(三)」
出典:青空文庫