・・・ 活溌な伝令が、出かける前、命令を復唱した、小気味のよい声を隊長は思い出していた。「うむ、そうだ。」彼は肯いて見せたのだった。「それを一人も残らず殲滅してしまった。我軍の戦術もよかったし、将卒も勇敢に奮闘した。これで西伯利亜のパルチ・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・ざまを見ろという小気味のいい感じだけで、同情の心は起らなかった。ふと笑いを引っ込めて、叫んだ。「血が!」 令嬢の胸を指さした。けさは脚を、こんどは胸を、指さした。令嬢の白い簡単服の胸のあたりに血が、薔薇の花くらいの大きさでにじんでい・・・ 太宰治 「令嬢アユ」
・・・強い紫外線と烈しい低温とに鍛練された高山植物にはどれを見ても小気味のよい緊張の姿がある。これに比べると低地の草木にはどこかだらしのない倦怠の顔付が見えるようである。 帰りに、峰の茶屋で車を下りて眼の上の火山を見上げた。代赭色を帯びた円い・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・引抜くと、きゅうっきゅうっと小気味の好い音を出す。軟らかい緑の茎に紫色の隈取りがあって美しい。なまで噛むと特徴ある青臭い香がする。 年取った祖母と幼い自分とで宅の垣根をせせり歩いてそうけ(笊に一杯の寒竹を採るのは容易であった。そうして黒・・・ 寺田寅彦 「郷土的味覚」
・・・ 何とかしてくれたら、はあなじょうに小気味がよかっぺえ! 二六時中、人間のような声を出して怨念が耳元で唆かす。 よくも、よくも、こげえな目さ会わせおったな! 今に見ろ! 大黒柱もっ返して、土台石から草あ生やしてくれっから・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
出典:青空文庫