・・・腰懸の傍に置いてある、読みさしの、黄いろい表紙の小説も、やはり退屈な小説である。口の内で何かつぶやきながら、病気な弟がニッツアからよこした手紙を出して読んで見た。もうこれで十遍も読むのである。この手紙の慌てたような、不揃いな行を見れば見る程・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
・・・どうかその心持をと思って物語ぶりに書綴って見ましたが、元より小説などいうべきものではありません。 あなた僕の履歴を話せって仰るの? 話しますとも、直き話せっちまいますよ。だって十四にしかならないんですから。別段大した悦も苦労もし・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・恋をしてはいけない、女に近づいてはいけない、小説を読んではいけない、芝居を見てはいけない、――要するに生を味わってはいけない! それでどんな人間ができますか。乾干びた、人間知のない、かかしのような人間です。鼻先から出る道徳に塗り固められて何・・・ 和辻哲郎 「すべての芽を培え」
出典:青空文庫