・・・築地居留地の図――ですか。図どりが中々巧妙じゃありませんか。その上明暗も相当に面白く出来ているようです。」 子爵は小声でこう云いながら、細い杖の銀の握りで、硝子戸棚の中の絵をさし示した。私は頷いた。雲母のような波を刻んでいる東京湾、いろ・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・ポチは、妹と弟とをのければ、ぼくのいちばんすきな友だちなんだ。居留地に住んでいるおとうさんの友だちの西洋人がくれた犬で、耳の長い、尾のふさふさした大きな犬。長い舌を出してぺろぺろとぼくや妹の頸の所をなめて、くすぐったがらせる犬、けんかならど・・・ 有島武郎 「火事とポチ」
・・・ちょっと見ると維新以前の宿場のような感じのする矮小な低い家並みの店先には、いわゆる「居留地」向きの雑貨のほかに、一九三三年の東京の銀座にあると同じような新しいものもあるのである。書店の棚にはギリシア語やヘブライ語の辞書までも見いだされる。聖・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・ 京橋区内では○木挽町一、二丁目辺の浅利河岸○新富町旧新富座裏を流れて築地川に入る溝渠○明石町旧居留地の中央を流れた溝渠。むかし見当橋のかかっていた川○八丁堀地蔵橋かかりし川、その他。 日本橋区内では○本柳橋かかりし薬研堀の溝渠・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・その赤ちゃんが、居留地の西洋の嬰児が着る通り裾の長い、白い洋装に纏まれている。女の子は、私共を見ると、直ぐ引かえして行った。「お父さん、お客さまあ」と、晴やかな声が聞える。――三浦実道氏に、永山氏からの名刺を出した。 崇福寺など・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
出典:青空文庫