・・・ 一昨年の夏、露国より帰航の途中で物故した長谷川二葉亭を、朝野挙って哀悼した所であった、杉村楚人冠は私に戯れて、「君も先年米国への往きか帰りかに船の中ででも死んだら偉いもんだったがなア」と言った。彼れの言は戯言である、左れど実際私として・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・ 帰り際に、「これで俺も安心した。俺の後取りが出来たのだから、卑怯な真似までして此処を出たいなど考えなくてもよくなったからなア!」 と云った。それから一寸間を置いて何気ない風に笑い乍ら、「――そうすればお前の役目も大きくなる・・・ 小林多喜二 「父帰る」
・・・市生れた時は同じ乳呑児なり太閤たると大盗たると聾が聞かば音は異るまじきも変るは塵の世の虫けらどもが栄枯窮達一度が末代とは阿房陀羅経もまたこれを説けりお噺は山村俊雄と申すふところ育ち団十菊五を島原に見た帰り途飯だけの突合いととある二階へ連れ込・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・もうお帰りですか。」 と言って、下女のお徳がこの私を玄関のところに迎えた。お徳の白い割烹着も、見慣れるうちにそうおかしくなくなった。「次郎ちゃんは?」「お二階で御勉強でしょう。」 それを聞いてから、私は両手に持てるだけ持って・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・「お早くお帰りなさいましな」「ええ」と自分は後の事は何んにも知らずに、ステッキを振り廻しながらとことこと出て行ったけれど、二人はついにこれが永き別れとなったのである。 もちろんこの時には、借りた着物はもう着換えていた。着換えるま・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・ 子どもは泣きだして、「お家に帰りましょう」 と申します。「あのおそろしい旅をもう一度ですか。とてもとても。私は海の中にはいるほうがまだましだと思う」 とおかあさんは答えましたが、 やはり子どもは、「お家に行きた・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・ すでに西に帰り、信書しばしば至る。書中雅意掬すべし。往時弁論桿闔の人に似ざるなり。去歳の春、始めて一書を著わし、題して『十九世紀の青年及び教育』という。これを朋友子弟に頒つ。主意は泰西の理学とシナの道徳と並び行なうべからざるの理を述ぶ・・・ 田口卯吉 「将来の日本」
・・・自分で勝手に、自分に約束して、いまさら、それを破れず、東京へ飛んで帰りたくても、何かそれは破戒のような気がして、峠のうえで、途方に暮れた。甲府へ降りようと思った。甲府なら、東京よりも温いほどで、この冬も大丈夫すごせると思った。 甲府へ降・・・ 太宰治 「I can speak」
・・・母親は其頃茶摘に行っては、よく帰りに淡竹の筍を沢山採って来た。 楓の若葉は赤いのよりも緑なのが好いと私は思う。 田山花袋 「新茶のかおり」
・・・その帰りに英国でも講演をやった。その当時の彼の地の新聞は彼の風采と講演ぶりを次のように伝えている。「……。ちょっと見たところでは別に堂々とした様子などはない。中背で、肥っていて、がっしりしている。四十三にしてはふけて見える。皮膚は蒼白に・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
出典:青空文庫