・・・が、その時さえこの川は、常夏の花に紅の口を漱がせ、柳の影は黒髪を解かしたのであったに―― もっとも、話の中の川堤の松並木が、やがて柳になって、町の目貫へ続く処に、木造の大橋があったのを、この年、石に架かえた。工事七分という処で、橋杭が鼻・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・「その脛の白さ、常夏の花の影がからみ、磯風に揺れ揺れするでしゅが――年増も入れば、夏帽子も。番頭も半纏の裙をからげたでしゅ。巌根づたいに、鰒、鰒、栄螺、栄螺。……小鰯の色の綺麗さ。紫式部といったかたの好きだったというももっともで……お紫・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・白い桔梗と、水紅色の常夏、と思ったのが、その二色の、花の鉄線かずらを刺繍した、銀座むきの至極当世な持もので、花はきりりとしているが、葉も蔓も弱々しく、中のものも角ばらず、なよなよと、木魚の下すべりに、優しい女の、帯の端を引伏せられたように見・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・円髷、前垂がけ、床の間の花籠に、黄の小菊と白菊の大輪なるを莟まじり投入れにしたるを視め、手に三本ばかり常夏の花を持つ。傍におりく。車屋の娘。撫子 今日は――お客様がいらっしゃるッて事だから、籠も貸して頂けば、お庭の花まで御無心し・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・そして、その船には、常夏の花のような、赤い旗がひらひらとしていました。「あの船だ!」 青年は、夢の中で見た船を思いだしました。とうとう、幻が現実となったのです。そして幸福が、刻々に、自分に向かって近づいてくるのでありました。 見・・・ 小川未明 「希望」
出典:青空文庫