・・・私は、この若い大工さん夫婦の姿に暖い優しい情愛を感じたのであったが、この実に万ガ一の好運にめぐりあった娘さんの身上は、更に何千人か飢えた田舎から東京に出ている娘さんの心に、どんなにか謂わば当のない期待を抱かせたであろうか、と思った。島田髷の・・・ 宮本百合子 「村からの娘」
・・・ら溺愛的に愛された子は、何かしら母が無条件に愛せる弱いところをもっていて、私のように母と互に愛しあいながらも、この人生についての考え方、生き方で、対立したものは蹴落された虎の子のようで、却って計らざる幸運を生涯の上にもつ結果を来しています。・・・ 宮本百合子 「わが母をおもう」
・・・このときから、彼のさしもの天賦の幸運は揺れ始めた。それは丁度、彼の田虫が彼を幸運の絶頂から引き摺り落すべき醜悪な平民の体臭を、彼の腹から嗅ぎつけたかのようであった。四 千八百四年、パリーの春は深まっていった。そうして、ロシア・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・「大略がさつなるをもつて、をごりやすうして、めりやすし」。好運の時には踏んぞりかえるが、不幸に逢うとしおれてしまう。口先では体裁のよいことをいうが、勘定高いゆえに無慈悲である。また見栄坊であって、何をしても他から非難されまいということが先に・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫