・・・冬の夜嵐吹きすさぶころとなっても、がさがさと騒々しい音で幽遠の趣をかき擾している。 しかし自分はこの音が嗜きなので、林の奥に座して、ちょこなんとしていると、この音がここでもかしこでもする、ちょうど何かがささやくようである、そして自然の幽・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・ それにしてもいもりの黒焼きの効果だけは当分のところ、物理学化学生理学の領域を超越した幽遠の外野に属する研究題目であろうと思われる。もっとも蝶のある種類たとえば Amauris psyttalea の雄などはその尾部に備えた小さな袋から・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・寒くはないかと皆が聞いたが寒いとも暑いともそういう感じはどこかへ逃げ去ってしまって、ただ静寂なそして幽遠なような感じが全身を領して三時の来るのが別に待遠しく思われなかった。 寝台車に自分をのせる方法について色々の議論があるように聞えた。・・・ 寺田寅彦 「病中記」
・・・ミレーの晩祈の図は一種の幽遠な情をあらわしている。そこに目がつけば、それでたくさんである。この画には意志の発動がないと云うのは、我慢して聞いてやっても好い。発動がないから画にならんと云うなら、発動の管から文芸の世界を見る蛙のようなものであり・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
出典:青空文庫