・・・しぶいさびの中に、長唄や清元にきく事の出来ないつやをかくした一中の唄と絃とは、幾年となくこの世にすみふるして、すいもあまいも、かみ分けた心の底にも、時ならない情の波を立てさせずには置かないのであろう。「浅間の上」がきれて「花子」のかけあ・・・ 芥川竜之介 「老年」
・・・ 真暗な、星も見えない、雨の降る晩に、波の上から、蝋燭の光りが、漂って、だんだん高く登って、山の上のお宮をさして、ちらちらと動いて行くのを見た者があります。 幾年も経たずして、その下の町は亡びて、失なってしまいました。・・・ 小川未明 「赤い蝋燭と人魚」
・・・ 真っ暗な、星もみえない、雨の降る晩に、波の上から、赤いろうそくの灯が、漂って、だんだん高く登って、いつしか山の上のお宮をさして、ちらちらと動いてゆくのを見たものがあります。 幾年もたたずして、そのふもとの町はほろびて、滅くなってし・・・ 小川未明 「赤いろうそくと人魚」
・・・ 考え深い、また臆病な人たちは、たとえその準備に幾年費やされても十分に用意をしてから、遠い幸福の島に渡ることを相談しました。 それからというものは、みんなは働くことに張り合いを得ました。あるものは、海を渡る船について工夫を凝らしまし・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
若者は、小さいときから、両親のもとを離れました。そして諸所を流れ歩いていろいろな生活を送っていました。もはや、幾年も自分の生まれた故郷へは帰りませんでした。たとえ、それを思い出して、なつかしいと思っても、ただ生活のまにまに、その日その・・・ 小川未明 「あほう鳥の鳴く日」
・・・ 幾月も、幾年もたちましたけれど、男は、忘れたものか、友だちの家へあずけた木を取りにゆきませんでした。 しかし、この男は、なかなか欲深でありました。五、六年もたって、ふと、いつか自分は無花果の木を友だちのもとにあずけておいたことを思・・・ 小川未明 「ある男と無花果」
・・・あなたが、そんなにほしいものなら、幾年もかかって探してみなさるのですね。しかし、そんなことはむだなことかもしれません。」と、主人はいいました。「私には、あのバイオリンでなければ、けっして出ない音があります。命をかけても探さなければなりま・・・ 小川未明 「海のかなた」
・・・ それから、幾年もたってからです。 ある日のこと、猟師たちが、幾そうかの小舟に乗って沖へ出ていきました。真っ青な北海の水色は、ちょうど藍を流したように、冷たくて、美しかったのであります。 磯辺には、岩にぶつかって波がみごとに・・・ 小川未明 「黒い人と赤いそり」
・・・ 爾来幾年、雑司ヶ谷の墓地も面目を変えた。文化の風は、こゝにも吹き込んだようである。知己、友人の幾人かは、その間に、こゝへ葬られて眠っている。 いま、墓畔近く、居して、こゝを散歩すると、それ等の人達の墓を巡詣すべく、習慣づけられてし・・・ 小川未明 「ラスキンの言葉」
・・・ その後教師都に帰りてより幾年の月日経ち、ある冬の夜、夜更けて一時を過ぎしに独り小机に向かい手紙認めぬ。そは故郷なる旧友の許へと書き送るなり。そのもの案じがおなる蒼き色、この夜は頬のあたりすこし赤らみておりおりいずこともなくみつむるまな・・・ 国木田独歩 「源おじ」
出典:青空文庫