・・・妻がぎごちなそうに手を挙げて髪をいじっている間に彼れは思い切って半分ガラスになっている引戸を開けた。滑車がけたたましい音をたてて鉄の溝を滑った。がたぴしする戸ばかりをあつかい慣れている彼れの手の力があまったのだ。妻がぎょっとするはずみに背の・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・その境の引戸を左右に明放つと、舞踏のできる広い一室になるようにしてあった。階上にはベランダを廻らした二室があって、その一は父の書斎、一つは寝室であるが、そのいずれからも坐ながらにして、海のような黄浦江の両岸が一目に見渡される。父はわたくしに・・・ 永井荷風 「十九の秋」
・・・しかしそのガラス戸は、全然日本風の引き戸で、勾欄の外側へちょうど雨戸のように繰り出すことになっていたから、冬はこの廊下がサン・ルームのようになったであろう。漱石の作品にある『硝子戸の中』はそういう仕掛けのものであった。そこで廊下から西洋風の・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫