・・・彼等が復讐の挙を果して以来、江戸中に仇討が流行した所で、それはもとより彼の良心と風馬牛なのが当然である。しかし、それにも関らず、彼の心からは、今までの春の温もりが、幾分か減却したような感じがあった。 事実を云えば、その時の彼は、単に自分・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・まして父がそううたぐるのは当然なことだ。彼はすぐ注意して父を見た。その眼は明らかに猜疑の光を含んで、鋭く矢部の眼をまともに見やっていた。 最後の白兵戦になったと彼は思った。 もう夕食時はとうに過ぎ去っていたが、父は例の一徹からそんな・・・ 有島武郎 「親子」
・・・むしろ当然敵とすべき者に服従した結果なのである。彼らはじつにいっさいの人間の活動を白眼をもって見るごとく、強権の存在に対してもまたまったく没交渉なのである――それだけ絶望的なのである。 かくて魚住氏のいわゆる共通の怨敵が実際において存在・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・このくらいな事は当然で。 対の蒲団を、とんとんと小形の長火鉢の内側へ直して、「さ、さ、貴女。」 と自分は退いて、「いざまず……これへ。」と口も気もともに軽い、が、起居が石臼を引摺るように、どしどしする。――ああ、無理はない、・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・ そりゃ境遇が違えば、したがって心持ちも違うのが当然じゃと、無造作に解決しておけばそれまでであるけれど、僕らはそれをいま少し深く考えてみたいのだ。いちじるしき境遇の相違は、とうていくまなくあい解することはできないにしても、なるべくは解し・・・ 伊藤左千夫 「去年」
・・・かつ淡島屋の身代は先代が作ったので、椿岳は天下の伊藤八兵衛の幕僚であっても、身代を作るよりは減らす方が上手で、養家の身代を少しも伸ばさなかったから、こういう破目となると自然淡島屋を遠ざかるのが当然であって、維新後は互に往来していても家族的関・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・斯くの如き批評や作品に人を動かす力の足らないのは当然である。既に形式的に出来上っているところの主義の為めの作物、主義の為めの批評と云うものは、虚心平気で、自己対自然の時に感じた真面目な感じとは是非区別されるものと思う。 よく真面目と云う・・・ 小川未明 「動く絵と新しき夢幻」
・・・ もうひとつ、私の部屋の雨戸をあけるとすれば、当然隣りの部屋もそうしなくてはならない。それ故、一応隣室の諒解を求める必要がある。けれど、隣室の人たちはたぶん雨戸をあけるのを好まないだろう。 すっかり心が重くなってしまった。 夕暮・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・やがて、当然、彼の頭の中に、これを送った処のYという人間が浮んで来た。あの明確な頭脳の、旺盛な精力の、如何なる運命をも肯定して驀地らに未来の目標に向って突進しようという勇敢な人道主義者――、常に異常な注意力と打算力とを以て自己の周囲を視廻し・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・私は引受けた以上は病人のために医師を探してやるのが当然でもあり、またこれが最後となっては心残りだからと言って、弟を出してやりました。 陰うつな暫時が過ぎてゆきました。其処へ弟が汗ばんだ顔で帰って来て「基ちゃん、貰って来たぜ、市営住宅で探・・・ 梶井久 「臨終まで」
出典:青空文庫