・・・もし真率と云う語が許されるとすれば、気の毒なくらい真率であった。従って、彼は彼等に対しても、終始寛容の態度を改めなかった。まして、復讐の事の成った今になって見れば、彼等に与う可きものは、ただ憫笑が残っているだけである。それを世間は、殺しても・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・僕等は二人ともこの七月に大学の英文科を卒業していた。従って衣食の計を立てることは僕等の目前に迫っていた。僕はだんだん八犬伝を忘れ、教師になることなどを考え出した。が、そのうちに眠ったと見え、いつかこう言う短い夢を見ていた。 ――それは何・・・ 芥川竜之介 「海のほとり」
・・・鬣と尻尾だけが風に従ってなびいた。「何んていうだ農場は」 背丈けの図抜けて高い彼れは妻を見おろすようにしてこうつぶやいた。「松川農場たらいうだが」「たらいうだ? 白痴」 彼れは妻と言葉を交わしたのが癪にさわった。そして馬・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・……日本はその国家組織の根底の堅く、かつ深い点に於て、何れの国にも優っている国である。従って、もしも此処に真に国家と個人との関係に就いて真面目に疑惑を懐いた人があるとするならば、その人の疑惑乃至反抗は、同じ疑惑を懐いた何れの国の人よりも深く・・・ 石川啄木 「性急な思想」
・・・木戸番の一人だの、興行ぬしだの、手品師だの、祈祷者、山伏だの、……何を間違えた処で、慌てて魔法つかいだの、占術家だの、また強盗、あるいは殺人犯で、革鞄の中へ輪切にした女を油紙に包んで詰込んでいようの、従って、探偵などと思ったのでは決してない・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・いまそのこぼれるにつけても、さかさに釣られた孤家の女の乳首が目に入って来そうで、従って、ご新姐の身の上に、いつか、おなじ事でもありそうでならなかった。――予感というものはあるものでしょうか。 その日の中に、果しておなじような事が起ったん・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・人に見られて見苦しい様なこともせず、顧みて自ら疚しい様なこともせぬ。従ってまだまだ暢気なもので、人前を繕うと云う様な心持は極めて少なかった。僕と民子との関係も、この位でお終いになったならば、十年忘れられないというほどにはならなかっただろうに・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・等二三の重なる雑誌でさえが其執筆者又は寄書家に相当の報酬を支払うだけの経済的余裕は無かったので、当時の雑誌の存在は実は操觚者の道楽であって、ビジネスとして立派に成立していたのでは無かった。従って操觚者が報酬を受くる場合は一冊の著述をする外な・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・ 神様の評判はこのように高くなりましたけれど、誰も、蝋燭に一心を籠めて絵を描いている娘のことを思う者はなかったのです。従ってその娘を可哀そうに思った人はなかったのであります。 娘は、疲れて、折々は月のいい夜に、窓から頭を出して、遠い・・・ 小川未明 「赤い蝋燭と人魚」
・・・ 親子の関係、夫妻の関係、友人の関係、また男女恋愛の関係、及び正義に対して抱く感情、美に対して抱く感激というようなものは何人にも経験のあることであって従って作中の人物に対して同感しまた其れに対して、好悪をも感ずるのであります。 芸術・・・ 小川未明 「芸術は生動す」
出典:青空文庫