・・・に、博覧強記なる赤木桁平もどう云う頭の狂いだったか、「芋の露連山影を正うす」と云う句を「連山影を斉うす」と間違えて僕に聞かせたからである。 しかし僕は一二年の後、いつか又「ホトトギス」に御無沙汰をし出した。それでも蛇笏には注意していた。・・・ 芥川竜之介 「飯田蛇笏」
・・・ 六「さて、どうも更りましては、何んとも申訳のない御無沙汰で。否、もう、そりゃ実に、烏の鳴かぬ日はあっても、お噂をしない日はありませんが、なあ、これえ。」「ええ。」と言った女房の顔色の寂しいので、烏ばかり鳴く・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・「のろけじゃアないことよ、御無沙汰しているから、お詫びの手紙だ、わ」「『母より承わり、うれしく』だ――当て名を書け、当て名を! 隠したッて知れてらア」「じゃア、書く、わ」笑いながら、「うわ封を書いて頂戴よ」と言って、かの女の筆を・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・不断は御無沙汰ばかりしているくせに、自分の用があると早速こうしてねえ、本当に何という身勝手でしょう」「まあこちらへお上んなさいよ、そこじゃ御挨拶も出来ませんから」「ええ、それじゃ御免なさいましよ、御遠慮なしに」とお光の後について座敷・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・ チラシ撒きなんぞに落ちぶれてしまったかと、匂わせながら言うと、案外恥じた容子も見せずに、酒蛙酒蛙と、「――いや、どうもすっかり御無沙汰しまして……。いつぞやは、飛んだ御迷惑を……」 と、それで、湯崎の一件を済して置いて、言葉を・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ ――その後は御無沙汰しておりました。七月号K誌おみくじの作を拝見し、それに対するいたずら書きさしあげて以来の御無沙汰です。いや御通知いたしかねていたのです。半僧坊のおみくじでは、前途成好事――云々とあったが、あの際大吉は凶にかえるとあ・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・ しばらく御無沙汰して居りました。仕事を一段落させてから、ゆっくりお礼やらお詫びやらを申し上げようと思って、きょうまで延引してしまいました。おゆるし下さい。言いにくい事から、まず申し上げますが、あの温泉宿の支払いをお助け下さって、ありが・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・其の後御無沙汰いたして居りますが、御健勝ですか。御伺い申しあげます。二三日前から太宰君に原稿料として二十円を送るように、たびたびハガキや電報を貰っているのですが、社の稿料は六円五十銭しかあげられず、小生ただいま、金がなく漸く十円だけ友人に本・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・どうせ出るなら、袴をはいて、きちんとして、私は歯が欠けて醜いから、なるべく笑わず、いつもきゅっと口を引き締め、そうして皆に、はっきりした言葉で御無沙汰のお詫びをしよう。すると、或いは故郷の人も、辻馬の末弟、噂に聞いていたよりは、ちゃんとして・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・それから、ずっとまた御無沙汰して、その日は、親友の著書の出版記念会の発起人になってもらいに、あがったのである。御在宅であった。願いを聞きいれていただき、それから画のお話や、芥川龍之介の文学に就いてのお話などを伺った。「僕は君には意地悪くして・・・ 太宰治 「東京八景」
出典:青空文庫