・・・死んでも誰にも祭られず……故郷では影膳をすえて待ッている人もあろうに……「ふる郷に今宵ばかりの命とも知らでや人のわれをまつらむ」……露の底の松虫もろとも空しく怨みに咽んでいる。それならそれが生きていた内は栄華をしていたか。なかなかそうばかり・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・と仰有ってまたちょっと口を結び、力のなさそうな溜息をなすって、僕のあたまを撫ながら、「坊もどうぞあの通りな立派な生涯を送って、命を終る時もあのようにいさぎよくなければなりません。真の名誉というものは、神を信じて、世の中に働くことにあるので、・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・しかもそれが、その運命に対しては無限の責任と恐ろしさとを感じている自分の子供なのです。不断に涙をもって接吻しつづけても愛したりない自分の子供なのです。極度に敬虔なるべき者に対して私は極度に軽率にふるまいました。羞ずかしいどころではありません・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫