・・・ ――朝鮮を食い詰めて、お千鶴を花街に残したまま、再び大阪へ舞い戻って来た丹造は、妙なヒントから、肺病自家薬の製造発売を思い立ち、どう工面して持って来たのか、なけなしの金をはたいて、河原町に九尺二間の小さな店を借り入れ、朝鮮の医者が・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・いつもならばかえって二人に止めらるるほど沖へ出てここまでおいでとからかい半分おもしろう游ぐだけの遠慮ない仲なれど、軍夫を思い立ちてより何事も心に染まず、十七日の晩お絹に話しそこねて後はわれ知らずこの女に気が置かれ相談できず、独りで二日三日商・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・ばとて自ら歌えばとてついに安き眠りを結び得ざるは貴嬢のごとき二郎のごときまたわれのごとき年ごろの者なるべし、ただ二郎この度は万里の波上、限りなき自然の調べに触れて、誠なき人の歌に傷つきし心を安めばやと思い立ちぬ。げに真情浅き少女の当座の曲に・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・その住職は多年諸国の行脚を思い立ちながら、寺の後継者の成長する日まで待ち、破れた本堂の屋根の修繕を終る日まで待ちするうちに、だんだん年をとってしまって、いよいよ行脚に出掛ける頃は既に七十の歳であったという。昼は昼食、夜は一泊、行くさきざきの・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・ わたくしは突然今の夫を棄てて、パリイへ出て、昔あなたのおいでになる日の午後を待っていたように、パリイであなたが折々おいで下さるのを楽しみにして暮らそうと思い立ちました。どうぞわたくしを気が違ったとお思いなさらないで下さいまし。田舎の女・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・私共は大浦の天主堂にいるうちに、天候が定ったらしいので俄に思い立ち、大浦停留場から電車に乗ったのであった。 終点から、細い川沿いに、車掌の教えてくれた通り進んだが、程なく二股道に出た。一方は流れに架った橋を越して、小高い丘の裾を廻る道、・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
出典:青空文庫