・・・――そんなような所にも思える。とはいえそれはあまりお伽話めかした、ぴったりしないところがある。 なにか外国の画で、あそこに似た所が描いてあったのが思い出せないためではないかとも思ってみる。それにはコンステイブルの画を一枚思い出している。・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・見上げると十六日十七日と思える月が真上を少し外れたところにかかっていた。自分は何ということなしにその影だけが親しいものに思えた。 大きな通りを外れて街燈の疎らな路へ出る。月光は初めてその深祕さで雪の積った風景を照していた。美しかった。自・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
・・・ただひたすらその決行を壮なりと思えるがごとし。 女の解し難きものの一をわが青年倶楽部の壁内ならでは醸さざる一種の気なりといわまほし。今の時代の年若き男子一度この裡に入りて胸を開かばかれはその時よりして自由と人情との友なるべし。さてさらに・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・かくて彼が心は人々の知らぬ間に亡び、人々は彼と朝日照り炊煙棚引き親子あり夫婦あり兄弟あり朋友あり涙ある世界に同居せりと思える間、彼はいつしか無人の島にその淋しき巣を移しここにその心を葬りたり。 彼に物与えても礼言わずなりぬ。笑わずなりぬ・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・されどまた七日の後には再び来たりておもむろに告別せんと青年は嘆息つきて深く物を思えるさまなり、翁ははたと手を拍ち、しからばいよいよ遠く西に行きたもうこととなりしか。否、西にあらず、まず東に行かん、まずアメリカに遊ぶべし、それよりイギリスに、・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・何故ならそれだと夫婦生活の黄金時代にあったときにも、その誓いも、愛撫も、ささやきも、結局そんな背景のものだったのかと思えるからだ。 権利思想の発達しないのは、東洋の婦人の時代遅れの点もあろうが、われわれはアメリカ婦人のようなのが、婦人と・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・客はもう幾度も見ましたので、 「どうも釣竿が海の中から出たように思えるが、何だろう。」 「そうでござんすね、どうも釣竿のように見えましたね。」 「しかし釣竿が海の中から出る訳はねえじゃねえか。」 「だが旦那、ただの竹竿が潮の・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・なるほど指摘されて見ると、呉春の小品でも見る位には思えるちょっとした美がある。小さな稲荷のよろけ鳥居が薮げやきのもじゃもじゃの傍に見えるのをほめる。ほめられて見ると、なるほどちょっとおもしろくその丹ぬりの色の古ぼけ加減が思われる。土橋から少・・・ 幸田露伴 「野道」
・・・文徳実録に見える席田郡の妖巫の、その霊転行して心をくらい、一種滋蔓して、民毒害を被る、というのも心の二字が祇尼法の如く思えるところから考えると、なかなか古いもので、今昔物語に外術とあるものもやはり外法と同じく祇尼法らしいから、随分と索隠行怪・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・新進作家になってからは、一木一草、私にとって眼あたらしく思えるのだった。海岸をステッキ振り振り散歩すれば、海も、雲も、船も、なんだかひと癖ありげに見えて胸がおどるのだった。旅館へ帰り、原稿用紙にむかって、いたずらがきして居れば、おのれの文字・・・ 太宰治 「断崖の錯覚」
出典:青空文庫