・・・ わたしは男を片附けてしまうと、今度はまた女の所へ、男が急病を起したらしいから、見に来てくれと云いに行きました。これも図星に当ったのは、申し上げるまでもありますまい。女は市女笠を脱いだまま、わたしに手をとられながら、藪の奥へはいって来ま・・・ 芥川竜之介 「藪の中」
・・・老人だから、楽屋で急病が起って、踊の手練が、見真似の舞台を勤めたというので、よくおわかりになろうと思う。何、何、なぜ、それほどの容色で、酒場へ出なかった。とおっしゃるか? それは困る、どうも弱ったな。一樹でも分るまい。なくなった、みどり屋の・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・斎木の御新造は、人魚になった、あの暴風雨は、北海の浜から、潮が迎いに来たのだと言った―― その翌月、急病で斎木国手が亡くなった。あとは散々である。代診を養子に取立ててあったのが、成上りのその肥満女と、家蔵を売って行方知れず、……下男下女・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・ 翌朝P教室へ出勤するとまもなくS軒から電話でB教授に事変が起こったからすぐ来てくれとの事である。急病でも起こったらしいような口ぶりなので、まず取りあえずN教授に話をして医科のM教授を同伴してもらう事を頼んでおいて急いでS軒に駆けつけた・・・ 寺田寅彦 「B教授の死」
・・・家人の病気に手療治などは思いも寄らず、堅く禁ずる所なれども、急病又は怪我などのとき、医者を迎えて其来るまでの間にも頓智あり工風あり、徒に狼狽えて病人の為めに却て災を加うること多し。用心す可き事なり。例えば小児が腹痛すればとて例の妙薬黒焼など・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・十四五年前の事であるが、余は猿楽町の下宿にいた頃に同宿の友達が急病で死んでしまった。東京には其男の親類というものが無いので、我々朋友が集まって葬ってやった事がある。其時にも棺をつめるのに何を用いるかと聞いてみたら、東京では普通に樒の葉なども・・・ 正岡子規 「死後」
・・・ 父親のマクシムはゴーリキイが五つの時、ヴォルガ河を通っている汽船の中で急病で死んだが、どちらかというと特別な生涯を経験した人であった。 その父親が死んでから、小さいアリョーシャは母親のワルワーラと一緒に祖父の家で暮すことになった。・・・ 宮本百合子 「逝けるマクシム・ゴーリキイ」
・・・「お前の宿から使が来ているがね、母親が急病だと云うことだ。盆ではあり、御多用の所だが、親の病気は格別だから、帰ってお出。親御に逢ったら、夜でもすぐにお邸へ戻るのだよ。あすになってから、又改めてお暇を願って遣るから」「難有うございます」と・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・この年に三女登梅子が急病で死んで、四女歌子が生まれた。 そのつぎの年に藩主が奏者になられて、仲平に押合方という役を命ぜられたが、目が悪いと言ってことわった。薄暗い明りで本ばかり読んでいたので実際目がよくなかったのである。 そのまたつ・・・ 森鴎外 「安井夫人」
・・・度、栖方と別れて一ヶ月もしたとき、句会の日の技師から高田にあてて、栖方は襟章の星を一つ附加していた理由を罪として、軍の刑務所へ入れられてしまったという報告のあったことと、空襲中、技師は結婚し、その翌日急病で死亡したという二つの話を、梶は高田・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫