・・・伝右衛門の素朴で、真率な性格は、お預けになって以来、夙に彼と彼等との間を、故旧のような温情でつないでいたからである。「早水氏が是非こちらへ参れと云われるので、御邪魔とは思いながら、罷り出ました。」 伝右衛門は、座につくと、太い眉毛を・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
江口は決して所謂快男児ではない。もっと複雑な、もっと陰影に富んだ性格の所有者だ。愛憎の動き方なぞも、一本気な所はあるが、その上にまだ殆病的な執拗さが潜んでいる。それは江口自身不快でなければ、近代的と云う語で形容しても好い。・・・ 芥川竜之介 「江口渙氏の事」
・・・何処までも謹恪で細心な、そのくせ商売人らしい打算に疎い父の性格が、あまりに痛々しく生粋の商人の前にさらけ出されようとするのが剣呑にも気の毒にも思われた。 しかし父はその持ち前の熱心と粘り気とを武器にしてひた押しに押して行った。さすがに商・・・ 有島武郎 「親子」
私の家は代々薩摩の国に住んでいたので、父は他の血を混えない純粋の薩摩人と言ってよい。私の眼から見ると、父の性格は非常に真正直な、また細心なある意味の執拗な性質をもっていた。そして外面的にはずいぶん冷淡に見える場合がないでは・・・ 有島武郎 「私の父と母」
・・・が、すねたのでも、諷したのでも何でもない、かのおんなの性格の自然に出でた趣向であった。 ……ここに、信也氏のために、きつけの水を汲むべく、屋根の雪の天水桶を志して、環海ビルジングを上りつつある、つぶし餡のお妻が、さてもその後、黄粉か、胡・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ それにつき鴎外の性格の一面を窺うに足る一挿話がある。或る年の『国民新聞』に文壇逸話と題した文壇の楽屋咄が毎日連載されてかなりな呼物となった事があった。蒙求風に類似の逸話を対聯したので、或る日の逸話に鴎外と私と二人を列べて、堅忍不抜精力・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・一度死んだ人間を無理に蘇生らしたり、マダ生きてるはずの人間がイツの間にかドコかへ消えてしまったり、一つ人間の性格が何遍も変るのはありがちで、そうしなければ纏まりが附かなくなるからだ。正直に平たく白状さしたなら自分の作った脚色を餅に搗いた経験・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・ 所謂、空想的社会主義と、科学的社会主義との相違は、単に、その手段、方法の問題たるにとどまらず、其処に、性格の相違あり、また、全く人生に対する、前提の同じからざるによるものがある。 チャイコフスキイ団の如き、謙譲と真実と愛によっての・・・ 小川未明 「純情主義を想う」
・・・私達はそこに、文章の面白味を知り、また個々の性格を知り多元的な生存の特質を知り、さらに人生の何たるかを悟らんとするのであります。 私は、よく、折にふれて空想するのであるが、人生観を持たず、何等信念を有せぬ貴婦人や、金持があったとする。彼・・・ 小川未明 「読むうちに思ったこと」
・・・ 法善寺の性格を一口に説明するのはむずかしい。つまりは、ややこしいお寺なのである。そしてまた「ややこしい」という大阪言葉を説明するのも、非常にややこしい。だから法善寺の性格ほど説明の困難なものはない。 例えば法善寺は千日前にあるのだ・・・ 織田作之助 「大阪発見」
出典:青空文庫