・・・それゆえ人に笑われても恥辱とは思わぬ。けれども、ああ、信じて成功したいものだ。この歓喜! だまされる人よりも、だます人のほうが、数十倍くるしいさ。地獄に落ちるのだからね。 不平を言うな。だまって信じて、ついて行け。オアシスあ・・・ 太宰治 「かすかな声」
・・・けれども君の手紙に依れば、君は散々の恥辱を与えられたという事になって居りました。嘘ばかり言っている。君は、ことさらに自分を惨めに書く事を好むようですね。やめるがよい。貯金帳を縁の下に隠しているのと同じ心境ですよ。あの、蔵の中の娘さんとも、君・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・もすこし売りたく、二号には古屋信子の原稿もらって、私、末代までの恥辱、逢う人、逢う人に笑われるなどの挿話まで残して、三号出し、損害かれこれ五百円、それでも三号雑誌と言われたくなくて、ただそれだけの理由でもって、むりやり四号印刷して、そのとき・・・ 太宰治 「喝采」
・・・未遂で人に見とがめられ、縄目の恥辱を受けたくなかった。それからどれほど歩いたのか。百種にあまる色さまざまの計画が両国の花火のようにぱっとひらいては消え、ひらいては消え、これときまらぬままに、ふらふら鎌倉行の電車に乗った。今夜、死ぬのだ。それ・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・しかしそのような場合があっても、判断がはずれた事は必ずしもその科学者の科学者としての恥辱にはならない。その場合には要するに科学が一歩を進めたという事になる。そういうふうにして進歩するのが科学ではあるまいか。むしろ見当のはずれるほうが科学者と・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・場合によっては芸術を愛する事が科学者としての堕落であり、また恥辱であるように考えている人もあり、あるいは文芸という言葉からすぐに不道徳を連想する潔癖家さえまれにはあるように思われる。 科学者の天地と芸術家の世界とはそれほど相いれぬもので・・・ 寺田寅彦 「科学者と芸術家」
・・・しかし私はこの臆病者であったということを今では別に恥辱だとは思っていない。むしろかえってそうであったことが私には幸運であったと思っている。 子供の時分にこの臆病な私の胆玉を脅かしたものの一つは雷鳴であった。郷里が山国で夏中は雷雨が非常に・・・ 寺田寅彦 「家庭の人へ」
・・・ いずれにしても今回のような大火は文化をもって誇る国家の恥辱であろうと思われる。昔の江戸でも火事の多いのが自慢の「花」ではなくて消防機関の活動が「花」であったのである。とにかくこのたびの災害を再びしないようにするためには単に北海道民のみ・・・ 寺田寅彦 「函館の大火について」
・・・たとえ省察の結果が誤っていて、そのために流言が実現されるような事があっても、少なくも文化的市民としての甚だしい恥辱を曝す事なくて済みはしないかと思われるのである。 寺田寅彦 「流言蜚語」
・・・現今の教育の結果は自分の特点をも露骨に正直に人の前に現わす事を非常なる恥辱とはしないのであります。これは事実という第一の物が一元的でないという事を予め許すからである。私の家へよく若い者が訪ねて参りますがその学生が帰って手紙を寄こす。その中に・・・ 夏目漱石 「教育と文芸」
出典:青空文庫